今日、俺は全てを失った。

だからこの場所で俺が生きる術は無い、俺は去った。

だから一度は投げ打とうと思っても、俺はやっぱりこの生き方を捨てられない。

だからこの腕一本で生きていく場所を探した。

だから辿り着いたのは、確実に俺の腕が必要で…俺が最も嫌いな場所。

だから俺は扉を叩く、決意と共に。

出てきた奴に俺は開口一番、こう言った。



「ここに医者はいるのか?」








道を探す者達へ








飄々と傷を見せてきた馬鹿に、俺は一瞥をくれただけで何も言わない。

当然手当てもしねぇで放置、付き合ってられるか。

俺は机に向き直り作業を再開させた、すると馬鹿が口を開く。



くーん、無視は酷くね?せめて突っ込んでくんね?」

「うるせぇ馬鹿、んなモン自分で舐めてろ」



不機嫌を形にしたような俺の態度を見ても、調子を改めない馬鹿の腕には刀傷があった。

それが白い着物を紅く染め、じわじわと浸食を広げている。

死にはしない、がかすり傷というほど浅くはない怪我だ。



「体調はどうだ?」

「特に変わってねぇよ、俺丈夫だし」

「テメェは身体より頭を丈夫にしろ、そこは治しようがねぇからな」

「口悪ッ!怪我治しに来たのに別の場所が傷だらけなんですけど!?」



俺は溜め息を吐いてから立ち上がり、今にも壊れそうな棚から消毒薬と針を取り出す。

そして馬鹿の着物の袖を捲り上げると、消毒薬を盛大にぶっ掛けてやった。

それは狙い違わず患部に直撃、白髪頭の馬鹿は絶叫する。

白夜叉の異名通りの暴れっぷりを披露する銀時の腕を、俺は治療台に押さえつけて睨みつけた。

俺の殺気に気づいたのか瞬時に静まる、出来んなら最初から大人しくしろ。



!痛いから!麻酔、全身麻酔掛けて!!」

「この程度で貴重な麻酔使えるか、お前に合わせてたらいくら補充しても足りねーよ」

「痛い!痛い痛い熱い!針刺さった!止めて止めて!これ以上銀さんを苛めないでェェエ!!」

「うるせェ黙れ!!」



白夜叉とか言われてる割に、銀時は痛みに耐性が無い。

まさか戦場でこんな状態になってるワケもないだろうが、こいつは治療に来るたびコレだ。

特に縫合の時は殴り飛ばしたくなる。

他人の縫合覗き見て痛いだの何だの喚いてる時は、部屋から追い出しゃいいからまだいい。

けどコイツに縫合が必要な場合、今みたいな事態になるから正直やりたくない。

戦場で撃たれ斬られ繰り返しても平気だってのに、何で一本の針刺されるくらいが嫌なんだよ。

確かに熱消毒した針は多少痛いだろうが、それが戦場の最前線で戦ってる奴の態度か。



「終わった、邪魔だからサッサと出て行け」

「相変わらず腕いいなーお前、治療と態度は乱暴だけどね」

「ついでに口も縫ってやろうか?」



熱消毒してる針先を見せると、銀時の顔が引きつった。

治療道具をあった場所に戻し簡単に掃除をしてから、俺は銀時を一瞥もせずに机に戻る。

そして今度こそ作業再会、新書を見ながら重要な部分を書き出していく。





「ああ?」

「……いつも悪いな」

「分かってんなら怪我すんな、お前ら馬鹿の面倒なんか見たくねーよ」



俺は医者だ、だからこそ銀時達に怒りを感じる。

ここにいる奴らはみんな攘夷戦争の参加者、だから怪我人は日常茶飯事。

俺がいくら治しても、何度渾身の思いで治療をしても。

こいつらは完治したら、時には動けるようにさえなったら再び戦場に出やがる。

医者の力には限界がある、今回治せたからといって次の保証なんて無い。

そう…命に次は無い、だから俺はこいつらが許せないんだ。

戦場で命を奪わせるために、殺されるために治してるワケじゃないってのに。



「分かってくれとは言わねぇ」

「分かりたくもねぇな」

「それでもよ、俺達はやんなきゃなんねぇんだ。だから悪い」

「……早く出て行け」



銀時の言葉に振り向かず、それでも新書の書き取りも進められず俺は言った。

こいつは馬鹿だが馬鹿じゃない、時折こうしてその片鱗を見せてくる。

俺の考えを分かってるからこその言葉、毎回これに反論できない俺も大馬鹿か。



「何だよ」

「俺からの礼だ、貴重なヤツなんだから大事に食えよ?」

「いらねーよ、いいから出て行け」



新書の上に置かれた大福に眉根を寄せるが、銀時は退けようとはしなかった。

ずっとこのままでいるワケにもいかず、俺は溜め息を吐いて白い塊を摘み上げる。

新書に付いた粉を手で払い和紙の上に大福を移動させると、銀時が横から手を伸ばしてきた。



「やっぱ俺が食うわ」

「……は?」

「よく考えたらそれ、お一人様一個限りの限定品だし。やっぱ返して」

「お前ふざけんな、数秒前に自分の言った事思い出してみろ」

「うん、俺貴重なヤツだって言ってたね」

「そっちじゃねェェェ!!」



座ってる俺を押し退けて大福を取ろうとする銀時と、意地になって阻止する俺。

乱闘は暫く続き、俺は何とか銀時を張り飛ばし大福を自分の口に押し込んで勝利した。

……別に大福が食べたかったんじゃない、ただ銀時がムカついただけだ。

痛いとか言いながら立ち上がった銀時は、勝手に部屋の湯沸かし器を使って茶を入れ始める。

そしてまた、大福と同じように俺の机に置いた。



「今度は何だよ?」

「俺の大福食いやがったんだ、俺が飲もうって思ってた茶だって渡さなきゃいけねーだろ」

「その論法ワケ解んねぇぞ」

「だってお前、こうでもしないと休まねーじゃん」

「……は?」

「毎日毎日俺達の怪我診て、食う物飲む物怪我人優先で、空いた時間はお勉強だろ?
 医者の不衛生って知ってる?疲れた時は甘い物が効くって言うから仕方なく銀さんの」

「不衛生はお前だろ、不養生だ」



銀時の言葉を途中で遮って、俺はまた机に戻って書き取りを再開する。

これが俺の答えだ、銀時の余計なお世話に対する回答は態度で示した方が早い。



「銀時」

「何だー?」

「俺は緑茶より番茶が好きだ」

「そうかよ」



お互い言いたい事は無くなって沈黙が続くが、重苦しくは無い。

銀時の視線を感じながらも俺は手を止めず、新しい治療法を必死になって覚える。

次に馬鹿共がここに来やがった時、見殺しにしちまう可能性を少しでも潰すために。

―――やがて扉が開いて閉じる乾いた音が響いた。






「二度と来るんじゃねぇぞ」



扉が閉まる瞬間、白い背中にいつもの台詞を呟く。

口の中の甘さを打ち消す茶の味は、いつもよりも美味く感じられた。








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