亀の事について話し合うと決めてから、長谷川と連絡が取れなくなった。

就職が決まったのかと思って待ってみたが、一向に応答が無い。

アイツは律儀だ、よっぽどの事が無い限り約束を反故にするなんてありえないってのに。

もしかしたら、本当に何かあったのかもしれないな。

俺は長谷川のことを調べ、ここ数日家にすら帰ってないことを知る。

鬼兵隊の仕事のついでに聞き込みをして、大体の事情も把握した。

ホント頭が痛ぇよ、何をどうしたらそんな事態になるんだ…。



「何やってんだよアイツは…」











黒の行方








ガラス越しの長谷川は、無精髭を生やしてやつれていた。

俺は額を押さえながら椅子に座る、溜め息は何とか堪えたが頭痛は如何ともし難い。

長谷川は絶望の頭痛、俺は気苦労の頭痛。

俺、ここまで運が悪い奴会った事無いんだけど…。

これお祓いとかの次元じゃなくね?呪い通り越して悪魔と契約でもしてんじゃね?



「よぉ兄ちゃん…、亀の話できなくて悪かったな…」

「亀の話より、お前が飼ってる疫病神について語った方がいいな」



俺は長谷川がこうなった経緯を、独自に調査して知っている。

留置所で散々尋問されてる内容を一々掘り返してたら、長谷川の精神に良くない。

何故ここにいるのかには敢えて触れず、俺は世間話を始めてみた。

明らかに不自然で違和感が服着て歩くような切り出しだが、痴漢の話ばかりで気が滅入ってるハズ。

今の長谷川には尋問以外で話が出来る相手が必要だ。

最初は戸惑ってた長谷川も徐々に俺の話しに食いついて、最後にはほんの少しだけ笑ってくれた。

面会時間終了になり、俺はまた来ると言って椅子から立ち上がった。



の兄ちゃん…」

「何だ、欲しい物でもあんのか?」

「俺、ハツと離婚した方がいいのかな…」



長谷川の呟きは、自嘲と疲労と絶望に溢れていた。

その姿が、その声が昔の俺と重なり口端に力が入る。

俺は何も言わずに長谷川に背を向けた。



「……亀」

「え?」

「長谷川、俺の亀って動かねーんだよ。笑っちまうくらい動かねぇ」

「え…いや、兄ちゃん何の話?」

「けどよ…それでも生きてんだよな。餌やった時にしか反応無くても、生きてんだよ」

「………………」

「いいじゃねーかよトロくたって、辿り着くの遅くたって…歩く気あんなら充分だろ」

「兄ちゃん…」

「負け犬だろうがドン亀だろうが、お前の道はお前が歩け。
 邪魔な奴がいたら戦えばいい、その先が崖なら橋を作りゃいい。疲れたら水持ってきてやっから」



背を向けたまま長谷川と話し、今度こそ俺は留置所を出た。

その足で向かう場所は一つ。

情報ってのは時として、刀なんて及びも付かないほどの武器となる。

顔を上げて表札を確認した俺は、門の横についているインターフォンを押した。

やや経ってから、一人の女性が姿を現す。

長谷川から聞いていた情報と一致するその姿に、俺は軽く頭を下げた。



「初めまして。俺は長谷川泰三の知り合いのと申します」

「ああ!じゃあ貴方がさん?ホントに紺一色の着物!」



おい長谷川、お前俺についてどんな説明してやがるんだ。

てかこの人も何気に失礼なんだけど、流石長谷川の妻なだけのことはあるな。

いやいやいや、そんな事はどうでもいいから。

俺は引きつっていた顔を戻すと、一つ咳払いして真面目な顔になる。



「貴女の旦那さんについてお話があります、突然ですがお時間よろしいですか?」

「……はい、どうぞ上がってください」



長谷川の妻は俺をアッサリと招きいれ、家の客室に通してくれた。

用意された座布団の上に座っていると、いい香りがする緑茶が出てくる。

頭を下げて一口貰うと、口の中に上品な苦味が広がった。

家といい茶といい妻といい、長谷川が幕府の元重鎮ってのは間違いなく本当だな。

いや別に疑ってたわけじゃないけどよ。



「それで、話というのは?今…あの人と直接連絡が取れないんです」

「長谷川は今、悪い意味での人生の岐路に立たされています」



俺は先に結論から話した。

長谷川の妻は口元に手を当て、一瞬で青ざめる。

あ、そういえば長谷川は婿養子だから妻の苗字も長谷川なんだよな。

まあいいか、俺にとって長谷川は長谷川だ。

それに初対面の女性をいきなり下の名前では呼べない、面倒だしこのままでいこう。



「貴女の旦那さんは、貴女の人生の邪魔にならないよう内密に戦っています」

「………………」

「俺がこの事実を貴女に話すのは完全に独断、長谷川の…旦那さんの決意に泥を塗る行為です」



そう…長谷川が痴漢冤罪で裁判中なんて、別居中の妻に言えるワケがない。

ましてや本人が隠すと決めているのに、それを第三者がバラすなんて最低な裏切りだ。

俺はもう長谷川をダチ…いや、腐れ縁なんて口に出来る関係ではなくなった。

こんな行為を働いておいて、これからも同じような関係を保とうとするほど俺は恥知らずじゃない。

けど俺が長谷川に憎まれる事で、長谷川が詮議で無罪を勝ち取る可能性が上がるんなら…。

俺は長谷川との友情を捨てる方を選ぶ、それで構わない。



「明日詮議が行われます、その際に検事を担当するのは破牙という男です」

「……あの人が?」

「聡明な貴女ならどういう事かお分かりですね?あの男は長谷川の過去を握っています」

「………………」



長谷川が幕府から切腹を命じられて逃亡した過去を、破牙は確実に握っている。

それを言われれば一発で終わるだろう、痴漢事件の無罪を勝ち取る以前の問題だ。

だが、だからといって何もしないで終わるなんて馬鹿な話は無い。

そのためには長谷川の妻の協力が必要不可欠だと、俺は事件を調べるうちに考えた。

目の前の人物が何処まで長谷川を愛しているか、それによってこの事件の結果は決まる。



「貴女は長谷川の、旦那さんの無罪を信じますか?」

「はい、信じます」

「……そうですか」

「私はどうしたらいいですか?」



長谷川の妻の顔はしっかりと上げられ、口調にも動揺や躊躇は一切無い。

……強い、そして美しい女性だ。

自分が何をするべきか、自分がどうしたいのか、己の心を真正面から見て答えを出している。

ほんの少しだけ、アイツの姿とダブって見えた。

留置所の長谷川の姿が、俺の姿にダブった反動もあるかもしれねーが。



「長谷川の詮議を傍聴して頂けませんか?」

「え?」

「そうすれば少なくとも、長谷川の過去は暴露されないかもしれません」

「どういう事ですか?」

「破牙が貴女に対して本気であるならば、貴女の目の前で夫を打ち首にするなど出来ませんから」



破牙が最低な男でない限りは。

これは破牙という人間に、男のプライドと良心が存在する事が前提だ。

もし奴が他人の気持ちに鈍感で、惚れた女ですら傷つけて平気でいるような男なら。

俺の予想は根底から覆され、長谷川は打ち首になって終わるだろう。

その時は、俺も破牙を打ち首にしてやるけどな。



「それに、長谷川は今…相当に神経をやられています」

「………………」

「けど貴女が姿を見せてくれるだけで、自分の味方だと長谷川に教えてくれるだけで」

「………………」

「アイツはまた、前向いて胸張って生きていける男ですから」



長谷川の妻は目を伏せて黙り込んだ。

これ以上は踏み込めない、どんなに言葉を労しても人間には領域が存在する。

後は長谷川の妻が決める事だ。

俺は頭を下げて帰ることを告げた、これでもう出来る事は無いからだ。



「突然上がりこんで余計な事をすみませんでした」

「いいえ、本当にありがとうございました」



お互い無難な挨拶をしてから、俺は自分の仮住まいに帰るために歩き出した。

……悪いな長谷川、お前のプライド踏みにじっちまってよ。

けど俺はどうしてもお前だけは放っておけない、お前は生きてて欲しいんだよ。



「…良かった」

「え?」

「あの人にはこんなにも思ってくれる、大切な友達がたくさんいるって分かって」

「俺は…その、腐れ縁ですから」

「前に江戸中が停電した時、あの人ここに来てそのまま帰って行ったわ。
 電気が無くても丸見えな場所に隠れて、直ぐに分かったけど見ない振りしたのよ」



クスクスとおかしそうに笑う長谷川の妻を見て、俺も情景が想像できて頬が緩む。

ああ、この二人は大丈夫だ。

別居はしていても心は離れてない、どんな状況でもお互いを信じ合える。

俺は羨ましくて堪らなかった、でも妬みや嫉みは一切感じない。

いつかこの二人が同居して本当の夫婦に戻れた時。

俺は心から祝福しようと、密かに決意して帰路に着いた。







長谷川から勝訴の連絡が来たのは数日後だった。

俺は心から祝福したが、何となく嫌な予感がするのは何故だろうな…?







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