長谷川の詮議が終わってから、俺は長谷川に全てを話した。

何故長谷川の妻が詮議の場にいたのかを、誰が伝えたのかを包み隠さずに。

結論から言って、俺と長谷川は絶縁には至らず今まで通りの付き合いをする事になる。

アイツはかなりの間驚いてから、俺に礼を言って…それで終わった。

自分から友情ぶち壊すような真似しておいて、何でこんなに安堵してんだろうな俺は。

ともかく、長谷川と仲直りできて亀も預けてある。

死にに行くワケじゃねーが、これで命を惜しんで判断を違える可能性は低くなった。



「……行くか、出張に」











黒の行方








「それではお願いします。これが前金、残りは終わり次第支払いますので」



笠を目深に被ったまま、俺は浪士達に金を握らせた。

男達の代表が下卑た笑いを浮かべながら、それを受け取って去っていく。

完全に姿が見えなくなってから俺も移動し、鍛冶屋の近くに身を潜めた。

しばらくすると、タイミング良く鍛冶屋から姿を表した土方十四郎。

目を細め腰の刀を盗み見ながら、俺はマイクのスイッチを入れる。



「こちらです。土方十四郎が鍛冶屋から出ました、浪士を向かわせています」

殿、土方君は例の刀を身に付けているかね?』

「…恐らくは。作戦通りにいけると思います」



満足そうな返事が返ってきて、通信は切れた。

…妖刀村麻紗で土方十四郎を弱体化させ、奴を表舞台から消している間に近藤を暗殺。

これが今俺が話していた相手、伊東鴨太郎が考案した作戦の簡単な段取りだ。

俺の仕事は伊東に対する簡単な補佐と監視、そして万斉様の補佐だ。

伊東が妙な動きをしたら即知らせるため、裏切り者はいつこちらをも裏切るか分からないからな。

俺達鬼兵隊は伊東を何一つ信用していない、出来るワケがない。

ただ奴の計画に便乗させてもらっているだけだ、俺達の目的は真選組の壊滅。

その罪をこの男が全部被ってくれるのなら、これほど美味しい話は無いからな。



「…もしもしです」

『伊東の様子はどうでござるか?』

「作戦通りに浪士を斬り伏せています。
 どうやら村麻紗の伝説は本物みたいですね、土方十四郎の行動がありえません」

『では、ぬしは段取りのままに動け。拙者も向かう』

「分かりました、また後で連絡します」



ケイタイを仕舞った俺はその足で鍛冶屋に向かった。

刀工のジジイが鎚を振り下ろす手を止め、振り返って俺を見る。

俺は懐へと腕を入れつつ、ジジイを見下ろして口を開いた。



「ご協力感謝しますよ、よく刀を渡してくれました」

「……アイツが勝手に持って行っただけじゃ、ワシは何もしとらん」

「結果は同じです。では一週間ほどごゆっくりどうぞ」



妖刀、村麻紗。あれはこのジジイの刀じゃなく、伊東が幕府から獲得した資金で買ってきた得物だ。

鑑定と実験により呪いも本物だと分かり、偶然の産物とはいえ利用しない理由がない。

なので土方十四郎が利用する鍛冶屋に置き、奴の手に渡りやすいようにさせてもらったのだ。

あくまでも土方十四郎が自分の意思で手で取るように、決して証拠を残さないように。

俺は刀工のジジイに口止め料を渡すと、鬼兵隊隊士を中に招き入れ外に連れ出させる。

別に乱暴する気は無い、ただ…土方十四郎に余計な事を言ってほしくないだけだ。

なのでこの件が大方片付くまで、このジジイには俺達が用意した旅館で過ごしてもらう。

監視がつく以外では、最低限不自由は無いようになっているしな。

ちなみに伊東が斬り捨てた浪士は鬼兵隊の奴らじゃねぇ、そんな事絶対にさせるかよ。



「さて……」



誰もいなくなった工場から俺も立ち去り、近くに停めてあったバイクに乗った。

向かう先は真選組屯所、正確には伊東の目が届く外れの場所だが。

伊東の補佐を名目とした監視のため、俺はバイクを降りて近くの木に身を隠す。

縁側に座る伊東の姿は見え、伊東からは見えない位置を捜すのに一苦労したけどな。

まあ真選組の屯所だし、用心に越した事無いから当たり前なんだけど。

伊東も俺がここにいる事は最初から承知している、あくまでも伊東に対しての補佐だからな俺は。



「………………」



俺はこっそりとケイタイに番号を打ち込んだ。

掛ける先は待機組の隊士、アイツらは江戸と武州を繋ぐ線路沿い近くにいくつか作った拠点にいる。

そこでいつでも動けるように、指示を待ちながら過ごしている組の一つだ。

そこには多少大げさなほどの人員に装甲車や単車、ヘリコプターも用意してあるが安心出来ない。

ヘタすれば真選組全員を相手取る戦となるしな。

今回の仕事はとにかく死亡率が半端じゃなかった、俺自身の覚悟は出来てるが…。



「――俺だ」

『あ、!そっちどうだ?』

「土方十四郎は伊東の罠に落ちた、多分数日中に動くことになる」

『そっか、いよいよ来るんだな』

「装甲車と武器の手入れ念入りに頼むぜ、俺も時間が出来たら武器磨きに行くからよ」



通話を切った俺は小さく息を吐く、空を見上げれば既に星が見えていた。

本来は電話する必要なんて無かったが、数日後に大掛かりな戦が控えてるからな。

杞憂で終わればいい、声聞くのが最後かもなんて思った俺を笑って殴ってくれんなら大歓迎だ。

甘すぎるのは百も承知だが…犠牲は出来るだけ少ない方がいいだろ?

そして見張りを始めて数日経ったある日、土方十四郎が謹慎処分を受けたという報告が来た。

万斉様から連絡が入り、伊東と打ち合わせをするためにこちらに来るらしい。



「来たか…」



ついに動く、長々と下準備をやってきた計画が動き出す。

夕方、私服で縁側に座り猫と戯れながら篠原と話す伊東を俺は無感動に眺めた。

器が満たされない…か、確かに能力が認められないサマをそう表現するのは正しい。

だが伊東の言葉は正直ワガママにしか思えない、人に認めて貰いたいならまず自分が人を認める必要あんだろ。

それに、アイツは自分が何を求めてんのか理解してないんじゃないか?

それじゃ何を与えられても満足するハズがない、永遠に伊東の心は満たされない。

――何が欲しいが理解してない奴と、欲しいモノが絶対に手に入らない奴。

伊東は前者で俺は後者だな、伊東の立場は正直羨ましい。

伊東そのものにはなりたくねーけどよ。



(……っ……!?)



突然誰かが飛び出して、俺が身を隠してる方へと走ってくる。

真選組の隊服、伊東に横目を向けると奴は俺に向かって合図を出した。

それを見た俺は躊躇い無く木の陰から身を翻し、刀を鞘から抜き放って男に斬りかかる。



「……っく!」



紙一重で避けられ、俺の一撃は男の左腕を掠る程度に留まってしまった。

小さく舌打ちし男の顔を一瞬見れば、思わず軽く目を見開いてしまう。

真選組の密偵…、いや伊東に裏切りの疑いがあると目を付けていたのなら当然か。

向こうも俺の顔は完全に覚えていたらしく、驚愕の表情を浮かべてから一目散に逃走を図った。

刀を抜くことなく、俺と伊東を振り返ることもせず腕の傷を押さえながら走り去る。

情報を提供する立場として正しい、そして俺達にとってはマズイ判断だ。

だが俺は慌てる事無く茂みの合間を縫って後を追う、顔を見られた焦りも情報漏れの心配も何一つ無い。

何故なら真選組の密偵が逃走する方向、そっちには――



「副長に…、早く副……!!」



黒い影が茂みを割って真選組密偵の行く手を遮り、容赦無く刀でその身体を貫いた。

真選組の密偵はご丁寧にも、万斉様の名前と所属組織を言ってから倒れこむ。

てかこれ俺の正体もモロバレじゃね?ついでに俺の所属組織もバレたんじゃね?

すぐ追いついた伊東達が、倒れこんだ密偵に向かって話をする。

――その間万斉様は一言も口を利かなかった。

当然か、敵である密偵にかける言葉は無いし…伊東とも馴れ合いをする心積もりはないんだろう。

伊東の言葉は聞いてるだけで斬りかかりたくなってくる、俺じゃ絶対に勝てないけど。

自然に眉間へと皺が寄った、早く口閉じてどっか行けっての。

俺の願い通り伊東は万斉様に全てを任せ去っていった、多分このまま列車に乗る準備をするつもりか。

伊東が完全に姿を消してから、万斉様が天に向かって刀を振り上げ……振り下ろす。

俺はそれを黙って見届け、万斉様の仕込み刀が突き刺さった。

真選組密偵の、顔の横に。



「気が変わったでござる」



ああ、やっぱりな。

俺は苦しげな様子で驚いた顔をする隠密を見つつ、特に感情は動かなかった。

万斉様の気まぐれはいつもの事、相手が情報に精通する者だとしても関係が無い。

真選組の密偵の歌を聴きたいと言った万斉様は、刀を納めて伊東の後を追っていく。





「はい」

「後は任せたでござる」



俺は万斉様に頷くと、うつ伏せに倒れ伏している密偵の傍に足を進めた。

そして傍らに膝をつくと常備してあるガーゼと包帯で、応急的な手当てを無言でしていく。

拷問でもされると思ったのか歯を食い縛って身構えていた密偵が、咳き込みながらも俺を睨み上げた。



「お前…鬼兵隊の隠密…だった…か、何で…手当て…ぐほっ…!」

「万斉様がお前を生かしたからだ、俺はあの人を含めた上の指示に従う」

「………………」

「真選組の密偵、お前は伊東が傍にいたから助かったんだと思うぜ」



尤も、伊東自身にその自覚は無いだろうが。

ある程度の処置が済んだところで、俺は密偵の懐に手を突っ込んであるものを探す。

そして見つけた目当ての物、ケイタイを引っ張り出すと茂みに向かって全力投球した。

木と木の間に消えていくそれを呆然と見る密偵、俺は刀を納めて立ち上がりスプレー缶を向ける。



「誰かに連絡されると困るからな、悪いが暫く眠ってろ」



睡眠ガスをモロに顔に被った密偵は、瞬時に眠りの世界に落ちる。

俺はケイタイで他の隊士に連絡して、病院に運ぶよう指示を出した。

その際決して手を出すなと、万斉様の意向だとしつこく念を押したから殺されはしないだろう。

後はその男の生命力の問題だ、そしてこの後は…俺の運と生命力の問題。



呼びつけた隊士に真選組の密偵を引き渡してから、俺は屯所に駆け足で戻った。

これから起こる大掛かりな真選組壊滅作戦に、一抹の不安を覚えながら。







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