長谷川のアパートに辿り着いた俺は、息を切らしながら見上げる。

しかし、アパートは倒壊どころか穴一つ開いていなかった。

どういうことだ?長谷川からの電話で、凄まじい破砕音があったってのに。



「まさか、アパートからじゃねぇのか…?」



本当に音を立てて血の気が引いた。

よく考えてみれば、電力が落ちてんのに長谷川の家の電話が使えるはずがない。

だったらこの状態でも電話が使える場所…ってどこだよ!?

長谷川はケイタイを持ってない、金が掛かるから契約したくないと聞いたことがある。

くそっ…それじゃ分かるワケねーだろうが。

せめて現在位置教えてから切れっての、場所の検討すらつかねぇ…。

その瞬間ケイタイが震え、俺はすぐに通話ボタンを押した。



「もしもし!?」

『に、兄ちゃん…』

「長谷川、今どこだ!俺はお前のアパート前にいるんだよ!!」

『お、大通りだ…。かぶき町の大通り…アパートから行ったところの公衆電話――』


ブツッ、とそのまま切れた。

発信音すら鳴らないケイタイを閉じ、俺はすぐに駆け出し大通りに向かう。

長谷川…頼むからお祓いに行け、お前絶対に何か憑いてっから。

焦燥を胸に大通りに出ると同時に、男の叫び声が耳に届く。

そこにはボロボロになった服を身に纏い、まさに機械家政婦の攻撃を受けようとしてる長谷川がいた。

モップが振り落とされ、悲鳴が鈍い音に消える。



「………?」

「……っ…!!」

「えっ…の兄ちゃん!?」



長谷川が頭を手で庇っている状態から、顔を上げて俺を見る。

俺は間一髪で間に合い、刀で機械家政婦の一撃を受け止め何とか拮抗を保つことは出来た。

だが相手は機械、パワーは当然向こうが上。

長谷川の呼びかけに答える余裕なんて無い、潰されないように身体を支えるので精一杯だ。

オヤジさんのところみたいに、お掃除ですのーなんて間延びした声すら出さない機械家政婦。

ただ俺を潰すために力を上げるのみ、その圧力により俺の身体が軋んだ。



「ぐ…っ…!」

「に、兄ちゃん!!」

「……っ…!!」



長谷川が機械家政婦の攻撃範囲から、外れていることを横目で確認する。

俺は目に力を込めると、そのまま重心をずらし身体を横に滑らせた。

狙い通りモップは誰もいないコンクリートにぶつけられ、俺はそのまま駆け抜けざまに胴を斬りつける。

攻撃は綺麗に決まった、が機械家政婦は倒れない。

俺の攻撃で機械配線をショートさせた身体が旋回し、モップの柄が叩きつけられる。

俺はそれを脇腹に喰らい、勢い良く吹っ飛んで道路に転がった。

長谷川の声が聞こえた気がしたが、腹と背中両方からの痛みでそれどころじゃない。



「が…はっ……!」



人間一人浮かせるほどの衝撃って、どんな馬鹿力だっての。

けど打撃ならマシだ…まだ動ける、もし刀だったら致命傷だった。

だが上半身を起こした俺は、開けた目をそのまま大きく見開くことになる。

機械家政婦が俺の目の前に移動しており、モップを振り上げて俺の頭を潰そうとしていた。

俺は咄嗟に剣の腹に手を添えて防御の体勢を取る、頭を庇うために。

足で衝撃を吸収出来ない状態で、防ぎきれるとは到底思えねぇが。

立ち上がる暇は与えられず、無慈悲に一撃が振り下ろされ…。



「うおおおおお!!」



横から長谷川が機械家政婦にタックルをかまし、二人は衝撃で揉みくちゃになって倒れる。

俺は一瞬呆然としたが、すぐ我に返り倒れている長谷川の首根っこを掴んで引き寄せた。

妙な声を出しながら離れた長谷川の真横に、モップが振り下ろされる。

俺と長谷川はすぐに立ち上がり、全力で逃走を図った。

幸いにも機械家政婦はゆっくりと追ってくるのみ。

どうやら加速機能は搭載されてないらしいが、俺達は完全に敵と見なされたかもしれねぇな。

適当な路地裏に身を潜め、俺と長谷川は座り込む。



「だ、大丈夫か…?」

「…平気だ、この程度なら慣れてっから」

「ホントすまねぇ兄ちゃん、助けてくれてアリガトな」



脇腹に鈍痛は残るが構ってる時間はねぇ。

いつ新たな機械家政婦が来るか分からないしな、あんなの相手に出来るワケねぇよ。

そこまで考えて俺はようやく気がついた。

俺…長谷川の目の前で刀出して戦っちまった、モロに懐から腰に移してるし。

これバレた?俺が攘夷志士だってバレた?



「ねぇの兄ちゃん、一体何がどうなってんのォォオ!?」

「し、知らねぇよ。けど…のんきに酒飲んでる場合じゃねぇのは確かだ」

「通報しても電話通じねぇし、避難しようとしたら真っ暗で場所分かんないし!!」

「文明社会の弱点だな、天人に頼りきってっからこうなるんだよ」



俺は吐き捨てるように言った、長谷川にじゃなくて天人に毒された世の中に向かって。

てか、電話通じねぇのに何で俺のケイタイに連絡できたんだ?

長谷川に尋ねてみると、ヤケクソで番号押したら何故か通じたと言われる。

運がいいんだか悪いんだか分かんねぇな、お祓い行けホント。

震える手で煙草を吸っていた長谷川だったが、突然それを揉み消すとスッと立ち上がる。



「どうした?」

「兄ちゃん、俺…ちょっと行ってくる」

「行く?行くってドコにだ、安全な場所に心当たりでもあんのか?」

「いや違うんだ。…ちょっと気になることがあってよ」

「やたらに動くな、復旧するまで凌いだ方が安全だろ」

「だからの兄ちゃんは逃げてくれよ、俺一人で行きてぇし」



長谷川の声は真に迫っていた、さっきまで機械家政婦に怯えていた奴とは思えない。

サングラスで目は覆われているが、どこか遠くを見るように大通りを見ている。

普段は自他共に認めるマダオだが今は違う。

これは覚悟を決めた男の雰囲気だ、命を懸けて何かをやり遂げようとする男のそれ。



「テンパって俺に助け求めてきたお前が、一人でどうするってんだよ」

「いや、それはそうだけどよ……」

「どうにも出来るワケねぇだろ、さっきまで殺されかけてたんだぞお前」

「う…、でも兄ちゃん――」



長谷川から詳しく話を聞いた俺は、頭を掻きながら立ち上がる。

前々から思ってたんだが、長谷川ってトラブルの端にいる奴だよな。

決して中心には入れねぇから、本当にワケも分からず困ってるタイプ。

ある意味トラブルメーカーよりもタチ悪い部類か。



「いいぜ、付き合ってやるよ」

「……え?」

「さっき助けてもらった借りは今返す、俺はツケが嫌いだからな」

の兄ちゃん……」



俺は決して強い部類じゃないし、ましてや長谷川を護りきれる保証なんてない。

それどころか、機械家政婦に殺される確率が高くなりそうだった。

けど長谷川は…俺が鬼兵隊以外で唯一放っておけない人間だ、本人には絶対言えないが。

更に言えば理由、長谷川が行きたい場所ってのが俺の心を動かすのに充分だったから。

なんて考えてると、さっきの機械家政婦が俺達のいる路地裏に顔を出す。

だが一体だけだ、他の機械が加勢に来る様子はない。

やっぱり俺と長谷川は、こいつにだけ敵認定されたらしいな。



「長谷川、出るぞ!」



こんな狭い路地裏じゃ攻撃をかわせない。

俺と長谷川は反対方向へ走った、そして通りに出る。

ある程度走ったところで、俺は足を止めて刀を抜いた。

そして長谷川に背を向ける。



「兄ちゃん、何やってんだよ!?」

「あんなの手土産にしたら面倒だろ、あの機械は俺が止めっから先に行け」

「けど……」

「さっきぶっ飛ばされて思い付いたことが一つある、けどお前いたら集中出来ねーんだよ」



少しの空白の後で長谷川は俺に礼を言った、そして駆ける足音が遠くなっていく。

俺は頬を緩めてから、すぐに全身を緊張させた。

対峙する俺と機械家政婦、BGMは大通りにいる奉行所と機械家政婦の一団が争ってる爆発音。



「何つーか、バトル漫画みたいだな?これ小説だけどよ」



返事は無い、欲しいとも思ってなかったから別にいいが。

機械家政婦は再びモップを振りかざす、俺の頭をかち割るために。

一々受け止めてたら身体が壊れる、俺は紙一重で攻撃をかわした。

だがモップの柄で連続して突きが放たれる、これも回避するも意外と速くてギリギリだ。



「……っぐ…!」



回避しきれず、重い突きが肩に当たった。

思わずバランスを崩したところに、容赦無く鳩尾に向かってモップが迫る。

刀で跳ね上げ方向をずらすが、肋骨に当たってもう一度吹っ飛ばされた。

痛…ッ!咄嗟に後ろに飛んで勢い殺してなかったら、確実に折れてた今の。



「警告します、あなた方二人は博士の計画の邪魔になる存在か審議中です」

「……博士?」

「速やかに降伏し我々の支持に従いなさい。繰り返します、速やかに――」



全く覚えの無い警告は気にせず、俺は胸を押さえながら機械家政婦の脇腹を見た。

そこには俺がつけた傷がそのまま残っている、バチバチと音を立ててショートしていた。

よし、それさえ確認できれば充分だ。

深呼吸をして全ての痛みを追い出した俺は、刀を構えて機械家政婦を鋭く睨む。

とはいえ女性の顔してんのを斬るのは気ぃ進まねぇな。

どうも剣に迷いが生まれて、さっきのような体たらくになっちまう。

……いや、そんな大幅に強さ変わるワケじゃないけどよ。



「博士云々やら江戸やらはどうでもいいが、俺と長谷川の邪魔はすんじゃねぇ」



一気に地を蹴って間合いを詰める、相手もモップを構えて応戦態勢だ。

俺は相手が攻撃を繰り出すタイミングを計り、腕が引かれた瞬間横にずれた。

紙一重で当たらなかった機械家政婦の攻撃、俺は渾身の力を込めて刀を横殴りに叩きつける。

……機械家政婦のバランスが一瞬崩れ、俺は間髪入れずに追撃した。

確かな手応えがあったが、同時に俺も攻撃を受けて道路に転がる。

咳き込みつつ口の端から流れる血を拭って顔を上げれば、狙い通りの光景。

機械家政婦の右足が膝下で切断され、本体と転がった足の配線がショートしている。

片足を失った家政婦は、武器であるモップで身体を支えてやっと立っている状態だ。



「…核を潰す以外にも、不死身系を足止めする方法はあるんだよ」



たとえどんなに丈夫だろうが、足を切断されれば追跡は出来なくなる。

脇腹に負わせた傷が修復されてなかった事を確認して、俺はこの方法を取った。

もしこれで自動修復プログラムとかがあったら、もうお手上げだったけどな。

機械はバランスを崩されれば対応出来なくなる、人型は特に。

だから支えにしているモップは決して動かせないだろう。

機械家政婦は家事専門の機械、自分で自分を修理は出来ないから時間は稼げる。

どこにあるか分からねぇ核を探すよりも、こっちの方が手っ取り早い。



「じゃあな、追ってくるんじゃねーぞ?」



歩こうとしても全く前に進まない機械家政婦の様子を確認し、俺は長谷川を追った。

刀を納めて息を吐く、路地裏から出て走った時に住所は聞いていた。

肩と肋骨と脇腹と打ちつけた背中、簡単に言えば全身が痛む。

まさか鬼兵隊以外で戦う日が来るとはな…、まあ気分は悪くないが。

しばらく走っているとビルの電気や外灯が点き始める、どうやら復旧したようだな。

機械の動きも停止したようなので、俺は刀を懐に移動させる。



「あ、の兄ちゃん大丈夫だったか!?」

「平気だ、それよりも…どうだったんだ?」



てか長谷川、俺が帯刀してたことについてはスルーなのか?

あ、もしかして襲われたことで頭一杯で不思議じゃなかったとか。

……実際ありえそうだ、こいつ天然だし。

それに俺が鬼兵隊の隊士だっての知らないクセに、何で電話で俺呼んだんだろうな?

言及はできないけどな、つついて刀のこと思い出させたら立場上マズイし。



「ああ…俺の方も大丈夫だったぜ、無事だった」

「話、したのか?」

「いや、直接は会ってねぇ。けどよ…それでいいんだ」

「そうか。…無事でよかったな」



煙草に火をつける長谷川の姿は、どこかニヒルに見えた。

長谷川は嘘をつかない、だから本当に無事だったし会ってもいないんだろう。

俺はやっぱり羨ましい。

幕府のせいで別居してんのに、ここまで想い合って繋がってる夫婦なんて滅多にいない。

俺が命懸けて長谷川に協力した理由はただ一つ。

路地裏で聞いた行きたい場所が、長谷川の妻の住居だったから。







長谷川、どうやらお前との腐れ縁は当分続きそうだ。

お前達二人がちゃんとした夫婦に戻る日を、この目で見るまで離れらんねぇよ。







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