今年もこの時期がやってきた。

俺の両手には大きなビニール袋、中に入ってるのは当然アレだ。

作業しているのは俺一人、一々トラックに積み込むのが面倒だが他の奴には任せられない。

やっと全てのブツを移し終え、俺は鬼兵隊の船へとトラックを走らせた。

戻ってくると、同期の奴らが歓声を上げて俺を向かい入れる。

てかお前ら、仕事はどうしたんだ?

まあ来ちまったモンは仕方が無い、俺はトラックの荷台に積んだそれを運ぶように頼んだ。

全員が文句も言わずに嬉々として仕事をする、普段もこうだといいんだけどよ。



「…今年も戦争か」











黒の行方








頭にバンダナ、口にマスク、着物の腕が落ちてこないよう捲くって固定。

全ての装備を完了させた俺は、鬼兵隊の調理室に一人立っていた。

腰に手を当て、目の前に運ばれた大量のそれを眺める。

今年は多めに買い溜めしてある、まずは包み紙の撤去作業だな。

これを俺が一人でやる、正直気が滅入りそうだが仕方がない。

文字通り山のように積まれている、一口サイズなミルクチョコレートの包み紙を。

俺は早速作業に取り掛かった。



「………………」



黙々と包みを剥がしチョコを巨大ボウルに、包み紙をゴミ袋に放り投げていく。

そう、今日は俗に言うバレンタインだ。

俺は毎年の今日、鬼兵隊隊士全員にチョコレートを作る羽目になっている。



「何でこんなことになったんだろうな…」



鬼兵隊に入隊した年のバレンタインで、俺はこっそりチョコを作った。

当たり前だが鬼兵隊は祭りごとが少ない、特に異文化のそれを祝うなんてありえないだろう。

俺はアイツの弔い的なものとして、自分で食うつもりで調理場を借りたのだ。

そして野暮用で席を外し戻ってくると、隊士同士で血みどろの争いが勃発していて呆然。

どうやら鬼兵隊は意外と寛容らしかった、てかチョコ巡って真剣で斬り合うなよ…。

そんなこんなで、俺は毎年手作りチョコを振舞う羽目になり今日に至る。

誰のでもいいから手作りチョコってのを味わいたいんだろう。

鬼兵隊に所属していれば、手作りチョコを貰える機会なんて皆無といっていいからな。

世界を潰す決意をした人間に、大切な人はいないし必要も無い。

だからこそ、こういった温かさはたまに必要になる。



、いるっスか?」

「はい。あ、また子様」

「今年も頼むっスよ、絶対食べてもらうんだから!」

「分かりました、チョコは――」

「そんな安物は晋助様の口に合わないっス、ちゃんと用意してあるっスよ!」



また子様が見せてくれたのは、某有名なチョコの詰め合わせ。

あれ、今年も手作りで渡すんじゃ…?

直接あげるのかと問い掛けると、これを溶かして自分で作ると返ってきた。

いやまた子様…これ既に完成品だから、溶かしたら木っ端微塵で台無しになるから。

厨房に向かうまた子様を慌てて追いかけ、俺は三十分ほど掛けて説得した。



(また子様、料理全く駄目なんだよな…)



本来は野郎の俺より、鬼兵隊紅一点のまた子様が作った方が何十倍も喜ばれるだろう。

けど彼女は料理が出来ない上に、この時期は晋助様の事しか頭に無い。

なのに隊士全員へのチョコ作りなんて請け負ってくれるワケねぇよな、うん。

包み紙を撤去しながら話していると、また子様も手伝ってくれた。



「ところで、何で一人でこんな作業してるワケ?」

「去年までは他の隊士にも手伝ってもらったんですが、アイツら盗み食いすんですよ」

「あー、なるほど」

「おかげでチョコの量が少なくなって結局乱闘、だから今年は防御を優先します」



去年の惨状を思い出して、俺とまた子様は同時に溜め息。

今、厨房にはまた子様以外立ち入り禁止の札を下げてあった。

当然チョコの強奪を防ぐためだ、この日の隊士は何故か幹部方級の機転と素早さがある。

札があれば、襲撃して返り討ちに遭っても文句は言えねぇしな。

溶かす前のチョコがいいなら、そのまま袋ごと渡して好きに取らせようと思ったこともある。

だが、それとこれとは話が別らしい。何が別なのかサッパリ分かんねーけど。

そうこうしている内に、全てのチョコを開封しボウルに移し終えた。



「やっと終わったっス、こういう作業ホント苦手なんだけど」

「ありがとございました。俺はこっちで作りますので、また子様は晋助様の分を向こうでお願いします」

「絶対分かんなくなるから、呼んだらすぐ来てよね」

「分かりまし…た!」



俺はまた子様に用意していたチョコを、ボウルに分けて渡す。

それから準備してあったおたまを掴むと、厨房の扉目掛けて思いっきり投げた。

小気味良い音を立ててクリティカルヒットする、忍び込もうとしてた隊士の額に。



「いっ…てぇ……!」

「入ってくんじゃねぇ、次は包丁行くぞ」

「いや、俺はただ出来たチョコの味見をしてやろうと――」

「お前去年もそう言って、溶かす前のチョコ半分食ってっただろうがァァア!」



涙目の隊士を外へ蹴り出すと、俺は乱暴に扉を閉じる。

そして再び作業に戻った、まずはこの大量のチョコを溶かして…。



ー、何か変なんだけど!」

「はい、今行きます。…どうしたんですか?」

「チョコ溶かしたんだけど、何か水っぽいような気がすんだよね」

「オィィイ!湯に直接チョコ入れちゃ駄目だから!」

「え、そうなんスか?」

「また子様…去年も言ったじゃないですか、湯とチョコは決して分かり合えないって!
 これ殺し合ってるから!湯とチョコが首輪付けて壮絶な殺し合い繰り広げてるからァァア!!」



俺はもう一度チョコを取り分けると、また子様のボウルに移す。

それから簡単に遣り方を説明し、湯にチョコを入れないよう念を押してから作業に戻る。

大量のチョコを溶かせば甘い匂いが充満しむせ返りそうになる、だからマスクしてんだけど。

横を見ると、また子様が真剣な顔をしてチョコを溶かしていた。

俺は頬を緩めて目を細める。

幹部方に対し失礼な考えだが、晋助様に喜んでもらおうと一途に努力するまた子様は微笑ましい。

晋助様は甘い物を好まないから、チョコは毎年ビターを使っていた。

あの人がまた子様のチョコをどうしてるのかは知らない、けど…食べてあげてほしいと思う。

――程好く溶けた様子のチョコに意識を戻し、手早く型に流し込んでいった。

使用しているのは一口サイズの銀紙、ハート型なんて気持ち悪いモンは一切ないからな?



ー、チョコくれよ」

「まだ出来てねぇよ、出てけ」

殿、チョコはまだでありますか!
 俺は様様のそれをご賞味したいでありますです!」

「まだだって言ってんだろ、それから言葉滅茶苦茶だぞお前」

「親愛なる下っ端隊長、早くチョコよこせや腹減ったんだよコノヤロー!」

「何逆切れしてんの!?てか懐かしいんだけど、その呼び名!!」



侵入者におたまと計量カップとしゃもじを投げつけ、それぞれ撃退。

それから型に入れたチョコに飾り付けを施し、最後の仕上げをした。

あるチョコにはアーモンドを、あるチョコにはシュガービーズを一つまみ。

あらかじめ買っていたトッピングを、完全に俺の気分で適当に入れていく。

チョコを溶かして型に入れるだけじゃ芸がねぇ、この方が手作り感が出るしな。

俺は料理は嫌いじゃねぇ、面倒だからあまりしないだけだ。

全てのチョコにアレンジを加え、また子様のチョコと一緒に冷蔵庫へと仕舞おうとした。

すると再び厨房の扉が開き、ストレスが最高潮に達していた俺はフライパンを掴む。



さん、ちょっと聞きたいことが――」

「だからまだだって言ってんだろうがァァア!!」



扉に向かって全力投球、投げたのはフライパンだけど。

それは今までで一番綺麗なフォームで顔面にヒット、相手は奇声を上げながら転がった。

肩で息をする俺が見た人物は、え…あれ?



「あ、あの。え…いや、だって……え?」

「ダッサ!武市先輩ダッサ!しかも鼻血出てるし…ブフッ!!」



事態が飲み込めず呆然とする俺、蹲り腹を抱えて笑うまた子様。

そして顔面を押さえながら、痛そうな声を出しつつも表情は変わらない俺の上司。

嘘…だろ?だっているはずねーから、武市様がこんなところにいるはず…ないよね?

俺がフライパンぶつけたの、武市様じゃなくて…ただのそっくりな人だよな?

そうだ、そうに決まってる。そうであって下さい後生だから!!



さん…何してんだオメー」

「た、武市様…。すみませんでしたーーー!!」



その後、俺は武市様の部屋で二時間近くの説教を貰った。

五キロくらいの減量に成功した気分で、出来上がったチョコを持っていく。

野太い声と共に群がる隊士、お前らホント好きだな…。

俺はあらかじめ取り分けておいた分を持って、船の甲板へと向かう。

一つは似蔵様の分、似蔵様…自分で取りに来れないからな。

もう一つはアイツの分、アイツも…自分で取りには来れない。





「あ、万斉様」

「今年も良かった、次はチョコチップも追加するでござる」

「は、はい…」



途中ですれ違った万斉様は、普段よりも幸せそうな様子で去っていった。

僅かに顎が動いているってことは、チョコを食べている最中なのかもしれない。

万斉様…ああ見えて意外と甘い物好きなんだよな。

毎年毎年トッピング全種類を制覇して、来年の追加注文も必ずするのが万斉様。

てかあの人、音楽プロデューサーなんだからチョコなんて腐るほど貰ってるハズなんだけど。



「………………」



甲板に着いた俺は、中央で腰を下ろしてチョコを一つ置く。

上に銀のシュガービーズが数個乗っているもの、午後の太陽を反射して小さく光っていた。

俺は首の御守りを外すと、チョコの傍らに優しく置いて目を細める。

笑みの形ではなく、哀しみの形に。



「ハッピーバースデー…、ごめんな



この謝罪は届かない。

どんなに取り繕っても死者に言葉は届かない、それが死ぬってことだ。

もしかしたら俺の言葉は届いてるのかもしれない、けど…アイツの言葉は俺には届かない。

誕生日の主役がいねぇ、お前はもう年を取らねぇ。

お互いチョコ作ってお互いの作ったチョコ食べて、そんな変わった誕生日祝いはもう出来なかった。







迷いを踏み越え強くなる、そんなフレーズはよく耳にする。

けど俺がこの迷いを踏み越えた時、その先にあるものは何だろうな?







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