江戸に大雪注意報が発令された。

異常気象を体現するかのような雪の降り具合に、俺達は辟易しながら仕事をする。

寒い、重い、しんどい、面倒臭い。

雪ってのはのんきに雪見酒できる程度が丁度いいってのに、何だこの量。

江戸では雪祭りまで開催されるらしいし、今年は本当に異常だな。

今日も気が付けば夜、既に見張りと見回りの時間だ。



「今夜も冷えそうだな…」











黒の行方








大雪のせいで停泊していた船だったが、今夜からまた出発するらしい。

警報が解除され、明日からまた通常通りの江戸の気温に戻るからだ。

こんな大量の雪が毎日降ってきたら船は飛ばせないからな。

天候が回復するとは言っても、まだ息は白く防寒着は手放せない。



ー、そっちどうすんだ?」

「ああ、甲板は俺が見張っとくから中入っていいぜ」

「いいのか?お前ずっと外にいんだろ」

「早く温まってこいって、俺は別に寒くねぇし」



同期の仲間を促して、俺は甲板の真ん中で空を見上げた。

寒くないワケじゃないが、何となく中で温まる気になれなかった。

空はいつも以上に暗く月も星も見えない、きっと雨雲ならぬ雪雲が掛かってるせいだろう。

防寒対策はしているが、自然の力には勝てないらしい。

身を切るような風が俺の体温を奪う。



、何してんスか?」

「あ、また子様」



コートとマフラーに身を包み、白い息を吐きながらやってきたのはまた子様だった。

流石に普段の格好だと寒いからな、てか確実に凍死する。



「見張りです、あとついでに休憩も兼ねて」

「ここ外なんだけど。寒すぎて休憩にならないし」

「中は騒がしくて、本も読めないし物思いにも耽れませんから」



こう見えて、俺とまた子様は一緒に話す事が多い。

当然切っ掛けは少ないが、船で顔を合わせる数は幹部方の中で一番だ。

普通はすれ違う際の挨拶だけで終わるんだろうが、こうやって俺と話をしてくれる。



「で、何見てんのアンタ?」

「空です。どうせなら月が見えたらいいんですけど」

「…会った時もそうだけど、ホントって不思議っスよね」

「そうですか?」

「敬語なのに武市先輩とはどっか違うし、ハッキリ言って場違いだし」



場違い、それは初めて会った時にも言われた。

理由は勿論俺の性格だ、俺は戦はあまり好きじゃないし何より弱くて役に立たない。

多分、直情的なまた子様にとって俺の第一印象は最悪だったと思う。

それなのに、今はこうやって横に並んで話をしてくれる。



「場違いは場違いなりに、頑張ってはいるんですけどね」

「…ずっと聞きたかったんだけど、何であの時似蔵を庇ったんスか?」



また子様が言うあの時は、桂派との一戦の件だろう。

俺はどうしても似蔵様を見殺しにしたくなかった。

だから武市様とまた子様に対し、かなり無茶苦茶な案を出し強引に納得させている。

負傷のせいで普段よりも判断力が多少落ちているのを見越した案だ。

それについて言及されても、おかしくはない。



「あの時言った通りです。
 それに失ったとはいえ、紅桜の存在が幕府の犬に知られるのはマズイ」

「それってただの建前っスよね?」

「はい。形式上の建前です」



間髪入れずに答えた俺に、また子様は驚いたように黙り込んだ。

そして腰に手を当てて軽く息を吐く。



「ホント正直だよねアンタ。隠密の仕事完璧に出来んの奇跡なくらい」

「性分ですから。それに今は嘘をつく理由もありません」



余談だが、俺は紅桜破壊に対し責任は無いと判断された。

正確に言えば工場見回りの件で、人員を回さなかった判断ミスはある。

しかし、俺が万斉様に白夜叉と桂小太郎の侵入を伝えた功績が考慮された。

ただの偶然だが、あれによって春雨の戦艦をすぐに動かす事が出来たらしい。

よって結果は相殺でお咎め無し、何がどうなるか分からないものだ。



「俺は出来るだけ、鬼兵隊の人間に死んでほしくないんです」

「前にも言ったっスよね?アンタは甘過ぎるって」

「………………」



俺は今にも雪が降りそうな空を見たまま、何も言えなかった。

革命を起こし、江戸を壊滅させようと目論む過激派組織が鬼兵隊。

その中で俺の考えは誰が見ても甘い、いや甘いというより寧ろ異常だ。

現在の江戸の天気と同じくらい。



の性分は分かってる、けど仕事に支障が出るってのは許さないっスよ」

「仕事には――」

「アンタ自身、似蔵にどんだけ迷惑掛けられたと思ってんスか。
 それどころか一回殺されかけてんのに、何で助ける気になったか理解できないっスよ」



また子様の声はいつも通りだったが、どこか憂いがある。

もしかして、俺の事を心配してくれている…とか?

聞きようによっては怪我をするなと受け取れる、違うとは思うが嬉しくないワケじゃない。

自然に口元が緩む、笑みの形になってはいないだろうけど。

俺は笑うのが苦手だから。



「俺は、組織ってのは人だと思ってます。もちろん晋助様あっての鬼兵隊ですが」

「………………」

「晋助様は幹部方が命を懸けて護っている。なら俺は幹部方と下の隊士両方を護りたい」

「…あたし達はに護られる程弱くないんだけど」

「そうなんですけどね、一応俺の心構えとして」



一番護りたかったものを失った俺は、もうこの鬼兵隊にしか居場所が無い。

生きる目的を与えてくれたあの人のために、鬼兵隊のために生きたいと思っている。

たとえ晋助様が俺を道具としか見てなくても構わない。

この恩は受けた者にしか分からないから、理解されようとも思わないしな。



「俺は鬼兵隊の組織そのものを護りたい。だから助けられる隊士は誰であっても助けたい」

「世間ではそれ、お人好しって言うんスけど」

「言っておきますけど、昔の俺はもっとクールでしたから」



目の前で誰かが苦しんでたら、黙って助けるのが人間だ。

アイツはそれを口癖にして、俺の前で実践しながら生きていた。

あまり笑わない俺にも常に笑顔を見せて、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。

冗談めかした口調だったが、俺の情が弱かったのは嘘じゃない。

俺をこんな風に変えたのはアイツ。

そして俺が世界を憎んだのも、鬼兵隊に所属したのもアイツの存在があったから。

世界がアイツを消したなら、俺は世界を消してやる。



「…ホントは不思議っスよね、鬼兵隊の中で一人だけ雰囲気違い過ぎっスから」

「そうですか?俺はただ地味なだけですよ」

「…寒ッ、また雪降るんじゃないっスか?」

「また子様は中に戻って下さい。身体を冷やしたら風邪引きますよ」

「そうっスね、じゃあ後は頼むっスよ



寒さで頬を赤くし、白い息を吐きながらまた子様は船内に戻る。

俺は後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、腰を下ろし再び空を見上げた。

ややあって、小さく白い塊がふわりと落ちてきた。

それは俺の直ぐ横に落ちて、数秒もしないうちに溶けて消える。



「…俺は間違ってるか?」



決して返ってこない問い掛けを、空に向かって独り紡ぐ。

江戸を住んでいる人々ごと破壊するなんて、誰が聞いても間違ってると言うはず。

けど俺は世界が憎い、理不尽で気まぐれで腐りきったこの世界が大嫌いだ。

…組織が人で構成されてるなら、世界も人で構成されている。

平和に生きている人間を巻き込み、悲しみを与える権利は誰にも無いだろう。

こうやって理論で考えるなんて誰でも出来るが、それで割り切れるなら感情なんていらない。



「悲しみを与える権利がねぇなら、俺の全てを奪う権利もねぇよな…」



綺麗事なら誰だって言える、けどその綺麗事が俺に何をしてくれた?

あの馬鹿共を裁いてくれたのか?アイツを返してくれたのか?俺の人生を元通りにしてくれたのか?

答えは否。だったらそんなもの、不自由無く生きてる奴の自己満足だろうが。

かりそめとはいえ、俺に生きる力と目的を与えてくれたのは晋助様の言葉と目的だけ。

俺を助けてくれたのは愛情じゃなかった、道徳じゃなかった、そして幕府なんかじゃなかった。

俺を助けてくれたのは憎悪だった、攘夷思想だった、そして晋助様だった。







たとえどんなに迷っても、結局進む道は決まってる。

俺を止めてくれる唯一の存在は、世界が勝手に奪っていったんだからな。







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