鎖国解禁二十周年の祭りで、俺達は将軍の暗殺に失敗した。

その代償は中々のもので、あれから将軍が外に出た話は聞かない。

だが、驚くべき情報が入ったのだ。

明日の夜、将軍がお忍びで江戸の町に出るらしい。

俺は緊急の指令を貰った、内容は当然この情報の真偽を確かめてくる事。

出撃はしない、この情報はガセ…罠の可能性が高いと上で判断されたからだ。

鬼兵隊は、ヤツを完全に信用したわけじゃねーからな。

それに――



「何で将軍がキャバクラ行くんだよ…」











黒の行方








真選組は厳戒態勢で動いていた。

かなりの隊が出動しているのか、人数もそれなりにいる。

それに大量の銃火器や装甲車、挙句戦車まで引っ張り出していた。

もしかするとガセじゃなく、本当に将軍の送迎をしているのかもしれない。

いや、この段階での判断は危険か。



「…もしもしです」

『様子はどうですかさん?』

「真選組の人数がガセにしては多数、最低でも三番隊までは出動しています」

『そうですか』

「多量の銃火器に戦車も用意され、将軍移送時と同等の警備状態です」



俺は真選組が視認出来ない場所まで距離を取り、武市様に報告をしている。

右手に双眼鏡、左手にケイタイ。

スコープを覗くと、将軍御用達の立派な装甲車が見える。



「断言は出来ませんが、一息にガセとは言えないかと」

『ですが、場所が場所であるだけに信憑性は薄いとしか判断出来ませんね』

「……確かに」



将軍の移動先は、スナックすまいる。

名前で分かると思うが立派な水の店、早い話がキャバクラだ。

天人の来訪のせいでお飾りになったとはいえ、将軍は将軍以外の何者でもない。

それがスナックにお忍びなんて信じられないよな。

てか、これマスコミに知られたら大スクープなんじゃねぇか?

将軍家の威光ガタ落ちで、この国ますます天人の良いようにされちまうんじゃ…。

鬼兵隊としてはその方がいいけどよ、何この複雑な愛憎模様。

もう少し根性出せよ将軍、いや…寧ろ根性出したから夜遊びなのか?



「とりあえず、もう少し様子を見てみます」

『お願いしますよ。この情報が信用出来る物なら、あの計画を本格的に進めたいので』

「はい、分かりました」



一旦武市様への連絡を終え、俺はケイタイを仕舞った。

順路を逐一見張るのは無理だ、流石に車には追いつけない。

バイクや車で追走するもの危険すぎるしな。

俺は当初の予定通り、ビルへ向かうことにした。

あそこの屋上から双眼鏡を使えば、スナックすまいるを気付かれずに見張れる。

襲撃を警戒するために、目的地まで多少遠回りをするのが将軍護送のセオリー。

俺が屋上に辿り着き双眼鏡を覗くのと、奴らがスナックに到着するのは同時だった。



「…やっぱあれ、将軍だよな?」



真選組と松平片栗虎が先に店へと入り、次いで装甲車から出てくる影。

望遠レンズに映るのは、征夷大将軍である徳川茂茂の横顔だった。

双眼鏡越しだし、変装じゃないとは言い切れないが…。



(雰囲気がな、偽者にしちゃ…)



将軍らしき人物が完全に入店したのを見届け、俺は考える。

そしてスナックを中心に、辺りの建物や道路に双眼鏡を向けた。

スナックすまいるの客用出入り口には、近藤や土方の大物がいる。

それは当然だ、将軍の警備に要がいないのでは話にならない。

だが…。



「動きは無しか」



真選組は確かに店の表も裏も警備している、だがそれ以上の動きが無かった。

もしこれが炙り出しの作戦だったんなら、もう別の部隊がウロ付き始めてもおかしくない。

攘夷浪士の、俺達偵察の、ネズミ捕りに狩り出しているはずだ。

内密に動いてるのかもしれないが、これだけ見下ろして気配が無いのはありえない。

それに俺も隠密だ、敵に気づかれないように動けるルートは把握してる。

だからそういった場所、主に路地裏を中心に真選組を捜索してみるも結果は同じ。



「連絡して判断仰がねぇと…」



屯所に残った真選組に動きが無く、更にこちらも警備重視なら答えは一つ。

これはマジだ、あの店にいるのは本物の将軍の可能性が高い。

真選組が不審者の検挙より、スナックの警備に重点を置いているのが何よりの証拠。

俺はケイタイを取り出そうと懐に手を入れた。



「お前、何してんの?」



俺は勢い良く降り返った。

そこにいたのは真選組の男、この隊服を見間違えるはずが無い。

血の気が音を立てて引いているのが分かる。

けど…既視感も感じるな、前にもこんな事があったような気がすんだけど。



「…ちょっと夜風に当たってました」

「こんな誰もいない廃ビルの屋上で、ご丁寧に双眼鏡まで持って?」



風が俺達の間合いを横切る。

下にある華やかな夜の町の賑わいとは切り離され、張り詰めた空気が辺りを覆った。

コイツ…まさか単独で動いてんのか?

隊ごとに動けば目立つと踏んで、敢えて一人だけ派遣し敵方の密偵がいないか捜査してたってか。



(油断したな…)



この場所は俺が見つけた穴場、本来なら捜査の手なんて来るはずがない。

何故ならこのビルから店までの距離は遠く、密偵警戒の対象からは外れるからだ。

現に普通の双眼鏡で覗いても、スナックすまいるはここから見えない。

俺が持っている、鬼兵隊御用達なこれでないと人は勿論建物すら分からない程に。

まさか、ここに来るとは思ってもみなかったのが本音。

どんな時も油断は禁物だな。



「悪いけど攘夷浪士の疑いあるから屯所に来てくれる?」

「俺、これからコンビニ行くんで。任意同行はお断りします」



俺も相手も本能で分かってる、コイツは敵だと。

元より探り合いなんて必要無い。

俺は懐から刀を抜き、それを見届けてから男が剣を抜く。

…攘夷浪士の疑いがある人物には、先に剣を向けても局中法度には違反しないハズ。



(随分優しいなコイツ…)



別の形で会ってれば、意外と仲良く出来たかもしれねぇな。

だがそれとこれとは別、俺は意識を集中させて全身の感覚を研ぎ澄ませる。

そして同時に刀を構え、同時にコンクリートの床を蹴り

同時に刃が合わさった。



「……ッ…!」

「…っ…ぅ……!」



金属同士が拮抗し合う嫌な音が発せられる。

重心をずらして相手のバランスを失わせようとするも、行動を読まれたのか相手が跳び退る。

仕方なく俺も間合いを取るが、相手が走り込み刺突を繰り出した。

咄嗟に斜め下から上方向へと刀を振り、更に後ろへと跳びつつ相手の刃を弾く。

それにより何とか矛先をずらすも、先端が頬を掠り小さな痛みが走った。

俺は着地と同時に一歩踏み込み、横薙ぎに刃を叩きつける。

だが焦った声と共に回避され、隊服を僅かに斬り裂くだけに終わった。



「………………」

「………………」



お互い息は切れてない、だが余計な力を逃がすために肩で息をしている。

一挙一動を見逃さず、心身を清めて次を繰り出すために。

……この男、剣の腕は俺とほぼ互角だ。

もしかしたら向こうの方が多少強いかもしれないが。



「お前…天狗党事件の時の!」

「は?」



思わず素の声が出た。

天狗党?天狗党って寺門通を誘拐したあの集団だよな。

…あ、もしかしてあの時女装してた真選組ってコイツか?

間違い無いな、接近されるまで気配を察知できなかったのが何よりの証拠。

この空気に溶け込むような存在感を纏う人間なんて、そうそういるもんじゃない。



「お前失礼な事考えてなかった?悲しくなるような事考えてなかった!?」

「何が悲しいんだよ。密偵としてその地味さは羨ましいぜ」

「地味って言うな!ジミーって言うなァァア!どうせ俺は表紙になれねぇ存在なんだよ!!」



刀振り回して叫ぶ真選組の密偵。

相当ストレス溜まってんだな、てか普通に危ないんだけど。

とにかく応援を呼ばれる前に逃げた方が良さそうだ。

勝っても負けても鬼兵隊の利にはならない、どっちが死んでも大騒ぎになるからな。

今日の任務は失敗、帰ったら武市様の説教が待ってるよコレ。

まさか真選組の隠密に二度も顔見られるとはな、てか何でこの穴場バレたんだ?

……心当たり、あるといえばあるんだけどよ。

俺は刀を懐に納める。



「俺、これから床屋行くんで。貧血気味だから戦闘も好きじゃねーし」

「さっきコンビニって言ってなかった!?てかやってないから、こんな時間に!!」



律儀にツッコミを入れてから斬りかかってくる男。

俺はその隙に小さな煙玉を数個取り出し、相手の足元に叩き付けた。

導火線は極限まで短くしてあり、すぐに爆ぜる仕組み。

目論み通り密偵の周りが煙で覆われ視界が遮られる。

カンカンカン、と屋上とビルを繋ぐコンクリート製の階段から音がした。



「くそっ、逃がすか!」



真選組の男が目元を拭いながら、同じように階段を駆け下りる。

――煙が晴れ、しばらく時間が経ってから俺は給水塔から飛び降りた。

そして足音を立てないよう、慎重に階段を下りる。



「何とか撒けたか…」



階段下、廊下の隅に転がっているスプレー缶を拾い上げた。

そう…階段を下りたのは真選組が先、俺はあの時ビル内に戻ってない。

煙玉で視界を奪ってから、俺は給水塔に身を隠した。

その前にこのスプレー缶を階段に向かって放り投げ、俺の足音として偽造してから。

視界を防がれて廊下から音がすれば、大半の人間が階段で逃げたと錯覚する。

とは言ってもスプレー缶と足音じゃ音の高さと響きが大分違う。

気付かれる可能性も低くなかったが、俺はこういう運だけはいいらしい。



「あの野郎…」



確証は無い、絶対に後をつけられてなかったって自信も無い。

だが何でこのビルに真選組が来たのか、矛盾無しに納得出来んのはこの説だけだ。

――報告すっか。言い訳に取られても仕方無いが、もし他の奴にされたらヤバイ。

逃走する前に俺はもう一度だけ屋上へと戻り、双眼鏡でスナックすまいるを見た。

映ったのは素っ裸で夜のかぶき町ダッシュしてる、天下の征夷大将軍…徳川茂茂。







……もう一刻も早くこの国滅ぼさねーと。

てかこれ以上恥晒す前に腹切って下さい、切実に!







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