俺は薄っすらと目を開ける。

どうやら一時間だけ眠れたようだ。意外と俺も図太いな。

……もう村田が船にいる時間だ、早く似蔵様の件を話さないと。

厠で顔を洗った俺は村田がいそうな場所、紅桜の工場に向かう。

その途中で大きく船が揺れ、敵襲の連絡が流れた。



、桂一派からの報復だ!」

「桂一派…!分かった、俺は紅桜が無事か確認してくる」

「了解、そっち何人か回すか?」

「いや構うな、それよりも撃退に集中しろ!」

「それなんだけどよ…、どうやら似蔵様が向かったみたいだぜ」

「何だって!?」



あんな大怪我して、紅桜の侵食まで受けてんだぞあの人は。

くそッ…、無理なんて出来る身体じゃないってのに。

これ以上の無茶は本当に危険だ、このままだと似蔵様が死ぬ!

寝不足の身体を叱咤して、俺は工場まで全速力で走った。



「おお貴殿か。どうだこの紅き光、美しいであろう!」



村田は工場に一人で立っていた。

俺は何も言わずに横に並び、機械の中で妖しく光る紅桜を眺める。

確かに、これだけを見れば綺麗だといえるかもしれない。

だが俺はこの刃の本質を知っている。

血塗れの色、下は機械が蠢くバケモノに美しいなんて賛辞は渡したくない。

……同属嫌悪かもしれねぇな。



「…魔性の光ですね、俺達のような虫はつい惹かれてしまいます」

「ふむ、殿も、高杉殿を守る剣と化したいのであろう?」

「ええ。そのために俺は紅桜の使用部隊に志願したんですから」



そう…俺は本格的に幕府と戦争を起こす時、この剣に身体を明け渡そうと思っていた。

所属は先兵、簡単に言えば使い捨てで道を作る役目だ。

情報を集めていたのは、他の志願者に何かあった時対応出来るようにするため。

大して強くもない俺ができるのは、他の奴の代わりに死地に赴く事と負担を和らげる事くらいだ。

まさか似蔵様の役に立つなんて、思ってもいなかったけど。



「篝火を守るためだけに存在するその信念!まさに貴殿達は刀と同じく美しい!!」

「似蔵様はともかく、俺はそんな大層なものじゃありませんよ」



それよりも、と俺は話を切り出す。

昨日の経緯を事細かく伝え村田の意見を聞いた、相変わらず要領を得ないが。

とにかく似蔵様の右腕の調整をしてもらう約束は取り付けた。

出来るだけ早い方がいい、後は似蔵様に連絡を取るだけだ。



「それでは似蔵様に来て貰いますんで、屋根辺りで待ってて頂けますか?」

「いいだろう、確かに紅桜の力を引き出せぬのは勿体無い!」

「…ありがとうございます」



結局宿主はどうでもいいのかよ…!

刀を抜きたい衝動に駆られるが、俺は村田に頭を下げて第二機械室に向かう。

よく考えれば、俺は村田に怒りを感じる資格なんて無い。

俺も鬼兵隊以外の人間がどうなっても構わないからだ。

紅桜を強くすることしか頭に無い村田と、一体何が違うっていうんだよ…。



?どうしたんだ一体」

「屁蛾煤は出てるか?」

「一号機を似蔵様が使用中だ、てかお前に使用許可出てないだろ?」

「別に乗らねぇよ。緊急連絡だから一号機への無線貸せ」



同僚の機械技師が幾つかのボタンを押し、俺にマイクを渡した。

俺はそれを手にとって、マイク越しに似蔵様へと話しかける。



「…似蔵様、です。一方的になってしまいますがお聞き下さい」



戦艦との戦いに何とか区切りを付けて、一度こちらに戻ってきてもらえますか?

村田と話をつけたところ、似蔵様が所有している紅桜の様子を見てもらえるようになりました。

身体への負担が軽くなるかもしれません。

村田は屋根に移動してもらっています、なので屁蛾煤は近くに停めて構いませんので。



「オイ、モニターに誰か映ってっぞ!」

「銀髪の男…あの白夜叉か!?」

「隣に居るのは村田の妹だろ、一体どういう事だ!?」



喧騒を聞きながらここまでの用件を一息で告げ、俺は一呼吸置いた。

そして最後の言葉を発する。



「…気をつけて下さい」



無線を同僚に返し、俺は機械室を後にした。

隊士の殆どは甲板に集まっているはず、もしあの砲撃が陽動なら…その隙に紅桜が狙われる。

工場付近に異常が無いか確認してみるか。

非常食の乾パンを一枚噛み砕き、俺は見回り作業に入った。

単純だが重要な仕事、これで異常発見を逃せば致命的な事態になりかねない。

特に問題は無いようで小さく息を吐く。

だが俺は勢い良く顔を上げた、視界の端に白い何かが映ったからだ。



「おい、誰だ!」



白い何者かも俺に気付いたらしく、角を曲がって逃げる。

俺は刀を抜きつつ後を追いかけた。

鬼兵隊隊士なら逃げる必要は無い、だったらあれは侵入者だ。

見えるのは明らかに人間じゃなく、テレビで見るマスコットキャラみたいな被り物の後ろ姿。

侵入舐めてんのかってくらい目立つ格好しているが、逃げ足は意外と速い。

俺も相手に倣って角を曲がる。



「待てって言――」



胸に灼熱感が走った。

一瞬遅れて紅い飛沫が散り、着物がザックリ…いやスッパリと裂ける。

血越しに見たのは、春雨の密偵時に睨み合ったあの男だった。

剣を振り切った体勢のまま、鋭く俺を睨んでいる。



「…か、桂…ッ…!」



妙な顔が描かれている白い布が、桂の傍らに脱ぎ捨ててあった。

変装…?くそっ、やられた!

けど変装ってのは目立たないようにするモンだろ、あんな人目引く変装あるかよ。

いや違う、まさか敢えて俺に…見張りに気付かせて一掃する算段だったのか!?

斬られた勢いのまま背中から床に倒れ、衝撃と痛みに息が詰まる。

弾き飛ばされた俺の刀が通路の奥に転がった。



「……貴様か。次会ったら斬らせてもらうと言ったハズだ」

「くそ…ッ、このハゲが……」

「ハゲじゃない、桂だ」

「ハゲだから…カツラなんだろうが……」

「もう一回斬られたいのか貴様は」



くそ…、立てっての俺の身体。

このまま桂を行かせれば、紅桜が無事じゃ済まなくなる。

桂が徐々に穏健派へと鞍替えしていたのは知っていた。

もし江戸の全てを破壊する兵器を俺達が開発していたとしたら、当然奴はそれを止めに来る。

最悪、全ての紅桜が破壊されてしまう。それだけは阻止しねぇと。



「もう貴様は動けまいて、無理をすれば死ぬぞ」

「誰の…、せいだと思ってんだ…ッ…」



目の前が霞む、桂の顔さえ輪郭がハッキリしない。

どうやら桂も俺の調子に気付いているらしい、捨て置いても何も出来ないと判断したようだ。

きぐるみを被り直し、甲板の方向へと歩き去っていく。



「…ッ…ぐ、ァ……!」



俺は必死に右腕を動かし、ケイタイに触れる。

立てないならせめて連絡しねぇと、桂侵入と紅桜破壊への警戒を。

誰でもいい…誰かに、連絡を……。

朦朧とする意識の中で、俺は番号を入力する。

ケイタイを耳に当てるのが億劫だ、耳鳴りで発信音すら殆ど聞こえない。



『――し、……るか?』

「か…つら、侵入……。紅桜…が、き…け……」

『――…?ど……たで、ご……?』



相手の声も既に判別できない、俺は誰に電話を掛けたんだ?

俺の頭の中には無数の電話番号が記憶されている、だから偶然浮かんだそれを入力しただけだ。

頼む…、紅桜の破壊を…阻止……。

晋助様の計画を…、野望を…成就させ……。



「し…夜叉、…侵入……」



手からケイタイが滑り落ち、乾いた音を響かせる。

急速に意識が闇に包まれ、指一本動かせなくなっていった。

ああ…この感じは二回目だ、どうやら俺はここで死ぬらしい。

まあいいか、何とか最後の責任は果たしたし…世界を壊す駒にも少しはなれたハズ。

……これでアイツのところに行けんのか?いや、無理か。





俺の意識は、完全にブラックアウトした。

一瞬だけ見えたアイツの顔が、やっぱり泣き顔だったのが悔しい。








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