頭を直接揺さぶられるような爆発音で、俺は目を覚ました。

天井が軋み、埃が降ってくる。

ここは…?俺は一体……。

確か紅桜の工場で侵入者を見つけて、それが桂で……

そうだ、紅桜は!?



「…ッぐ…!」



上半身を勢い良く起こそうとしたが、激痛に阻まれ再び背中を床につける。

…何で生きてるんだ?桂の攻撃は致命傷だったってのに。

右腕を胸に当てると、ぬるりとした感触で指が滑った。

出血はあるんだから夢じゃない。

指先が紐に触れた、これは俺が下げている御守りの紐。

何気なく紐伝いに指を辿らせると、袋に辿り着き俺は目を見開く。

見えないが感触で分かる、袋が刀によって切り裂かれていた。

そして、そこに入っていた物が…横一文字に傷付いている。



「………」



俺は、またお前に守られたんだな…。

これが…俺の心臓を桂の刃から守ってくれた、のおかげで俺は生きている。

傷を押さえつつ壁を背にして上半身を起こすと、二度目の激しい揺れが襲う。

今度は工場からではないようだ。

……行かねぇと、紅桜の被害状況を確認するんだ。

甲板では激しい戦闘が行われているはず、手が空いてんのは俺だけだ。

立ち上がろうとした瞬間、耳慣れた振動音が響く。

見ると、床に転がった俺のケイタイが着信を知らせていた。



「…もしもし」

『やっと繋がったでござるか、とりあえずは生きてたようで何より』

「ば…万斉様、どうしたんですか?」

『それは拙者が聞きたいのだが。連絡してきたのはぬしでござろう』



俺は少し考えて、気がついた。

気絶する前に押したあの電話番号、あれは万斉様のだったのか?

ヤバイ、全く記憶にねぇ。

万斉様は春雨との交渉で宇宙に出かけてんのに、桂侵入を訴えたって意味ねぇだろ!

明らかに人選ミスだ、何でよりによって不在の万斉様?

俺の馬鹿野郎!



「す、すみません。意識朦朧としてて…咄嗟に番号押したら、万斉様でした」

『その様子では、桂と白夜叉の侵入を許し紅桜もやられたのであろう?』

「…はい、爆発による出火が見られます。俺は今から無事な物があるか調べてきます」

『よい。桂も馬鹿ではござらぬ、足掻いても全滅は免れん』



淡々とした万斉様の声に俺は歯噛みした。

あそこでこうすればよかった、あの時別の道を選べば良かった。

そんな後悔など何の意味も無い、だが思わずにはいられない。

俺がもっと冷静だったら、この事態は止められたのかもしれないから。



『それよりも、白夜叉と桂小太郎はまだ船にいるのであろう?』

「…確認してきますが、まだ残っているかと」

『拙者は春雨の戦艦でそちらに戻っている、交渉はほぼ成立した』

「お疲れ様でした、それでは…俺は現場に戻ります」



通話を切ってケイタイを仕舞うと、俺は壁伝いに歩き始めた。

生きていたとはいえ重症は変わらねぇ、この時点で桂派に出くわしたら確実に死ぬな…。

そして大きな破砕音、いい加減に慣れてきた。

身体を引き摺るようにして音がしたほうに向かい、その瞬間壁が爆発する。

俺は吹っ飛んで壁に叩きつけられた。



「い…っ……!」



工場の爆発による二次災害だろう。

くそ…また意識が薄くなる、寝てる場合じゃないってのに。

それでも気力で持ち直し、俺は再び歩き出した。

……似蔵様は大丈夫だろうか。

自分でもイライラする程のペースで廊下を進み、勘で通路を曲がる。

そこは不気味なほど静まり返っていた。

奥に四人が倒れている、その内三人は幹部方だ。



「似蔵様、また子様、武市様…ッ!」



叫びが傷に響き倒れそうになるも、俺は駆け寄った。

駆け寄ったといってもスピードは大分遅いが。

頭を打っている可能性があるので激しくは動かせず、俺はひたすら声を掛け続けた。

すると、武市様とまた子様がゆっくりと目を開く。

……武市様は元々開いていたけど、瞼無いのかこの人。



「…ッ、っスか?」

「はい…俺です、立てますか?」

「いったァー。似蔵の奴…絶対許さないっス…!」



苦しそうに咳を繰り返すまた子様の言葉に、俺は内心首を傾げた。

二人が倒れていたのは似蔵様が関係しているのか?

何があったのか俺には分からないが、当然いい事態とは言えない。



さん…今まで一体何処に、そしてその怪我は……」

「怪我?…って、どうしたんスかそれ!」

「桂に…やられました。紅桜の破壊を止められず、申し訳ありません…」

「成程、工作中に鉢合せしたのですね。で…何も出来ずに斬り捨てられたと」



俺は無言で俯いた、武市様の口調が冷たいのは当然だろう。

努力しても結果が最悪なら、そんなもの考慮されるハズがない。

一番阻止できる位置にいたのに、何も出来なかった俺の責任だ。

俺が腹を切って償えるなら喜んでそうするが、それで済む問題なんだろうか。



「まあ今はそんな事を言ってる場合じゃないでしょう、問題は……」



武市様が視線を移した先は、ピクリとも動かない似蔵様だった。

そうだ、似蔵様は昨日の大量出血と紅桜の侵食で身体力が著しく落ちていたはず。

まさか……!

最悪の事態を想定した俺は、重い身体を引き摺るようにして似蔵様の元へと近づいた。



「待つっスよ、似蔵の奴は紅桜に意識を乗っ取られて……!」

「刀が…見当たりません、それに侵食の気配が…消えてます…ッ!」



似蔵様の身体は、確かに侵食されたままになっている。

だが配線が動いていない、活動している気配がまるでないのだ。

村田が言っていた、紅桜は刀身に組み込まれた電魄が命だと。

だったら刀を打ち砕かれている今の状態なら、これ以上似蔵様への侵食は無いだろう。

似蔵様に寄生していた紅桜は、もう死んでいる。



「……似蔵様ッ!」



思ったとおり、似蔵様の身体に触れても生えた配線は動かなかった。

しかし似蔵様自身も動かない。

まだ心臓は動いている、身体も温かいから生きてはいる。

でもこのままだと時間の問題、俺達の中で誰よりも重症…いや重体だ。

村田も似蔵様の近くで血塗れになっているが、出血量からしてもう生きてはいないだろう。

似蔵様を治療出来る人間は今この場にいない。



「武市先輩、どうするんスか?」

「さて…どうしたものですかね…」

「もう似蔵に迷惑掛けられんのは御免っスよ、助ける意味あるんスか?」



また子様は、似蔵様を見捨てるつもりのようだ。

今回の騒動で相当な目に遭わされたんだろう、その目には同情の欠片も見つけられない。

武市様も悩んでいるのか、また子様の意見を肯定も否定もしなかった。

このまま放っておけば、本当に似蔵様を海にでも捨てかねない。

俺は、鬼兵隊の誰が死ぬのも嫌だ。

きっと外では多数の死傷者が出ている、もうこれ以上…同志を失うのは御免だ。



「俺は連れて行くべきだと思います」

「はァ?アンタ何言ってんスか!」

さん、似蔵さんを助けてメリットはあるのですか?」

「メリットはありませんが、今の俺達はそうするしかないと思います」

「…どういうことですか?」



俺は無条件で似蔵様を助けたい、けど幹部方を納得させるのは容易なことじゃない。

今までの密偵の経験を、間者としての知識を全て使おう。

確かに似蔵様の行動で俺の仕事が増えた事はもう数え切れないし、命に関わるものさえあった。

でも、それでも似蔵様は鬼兵隊の幹部方…いや隊士だ。

俺は鬼兵隊の隊士に、出来る限り死んでほしくない。



「今回の件で鬼兵隊は大打撃を受けました、これを幕府の犬に嗅ぎ付けられたら厄介です」

「それが似蔵とどう関係があるんスか?」

「似蔵様は鬼兵隊の幹部です。この状態は言わば鬼兵隊の一角が落とされた事と同じ」

「……幕府の犬にとっては最大のチャンスですね、鬼兵隊を壊滅する手段に出てもおかしくはない」



武市様の見解に俺は小さく返事をした。

このまま上手く事が運べばいい。

二人が納得してくれるのかは分からないし、最終的には晋助様が決めることだ。

それでも俺が出来ることは全てやる、後悔だけはしたくねぇから。



「生きていても死んでいても、安易に情報を漏らす真似は出来ません。
 似蔵様は最低でも行方不明扱いにして、幕府の犬を煙に巻くのが得策かと」

「確かに紅桜の計画が潰えた今は、マズイかもしれないっスね」

「幕府の犬と戦っても負けはしませんが、完全勝利とも行かないでしょう」



また子様が面倒臭そうに溜め息を吐き、ふらつきながらも歩き出す。

俺も後を追おうとしたが、全身から力が抜けて床に手を付いてしまう。

止血もしないで歩き回ったせいで限界が来たらしい。



さんはここにいて下さい、そんな身体ではロクに動けないでしょう」

「心配しなくても、動ける隊士見つけて指示出してくるだけっスから」



どうやらまた子様は俺の不安を読んだらしい。

少しでも疑った事を恥じたが、でもこれで似蔵様は…助かるかもしれない。



「これ以上、似蔵の奴に迷惑掛けられんのは嫌だしね」

「同感です。春雨の援軍も到着しているようですし、彼らに手伝ってもらうのがいいでしょう」



また子様と武市様が去り、俺は少しでも楽になるよう壁に移動して体重を預けた。

…まだ何とも言えないが、俺はこの戦を生き延びたらしい。

紅桜での掃討作戦も紅桜自体を失った今では意味が無い。

つまり俺は、まだ自分の死に場所を選べないという事だ。

もしかしたら紅桜爆破の責任を取って、この後腹を切るかもしれないけど。






なあ、俺は生きてて良かったのか?

俺が生きていい理由、見つからねーんだよ。








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