鬼兵隊の工場に足を踏み入れ、俺はそれを見遣る。

機械の中で妖しく輝く刀身、妖刀紅桜。

俺はこれを刀だとは思わない、これは機械兵器…いやバケモノだ。

晋助様がこれを使い、本格的に江戸を壊滅させるというのなら俺は黙って従う。

けど俺は知っていた。

これは人に寄生し、その身体を乗っ取って力を振るう悪魔の兵器。

だからこそ俺は情報を集め、出来る限り害が及ばないようにすると決意した。



「死ぬのはいいけど、死なせたくないんだよ」











黒の行方








「で、結局どうなるんですか?」



俺は縁側に座りながら、声を潜めて村田に問い掛ける。

ここは刀匠、村田鉄也の工場兼自宅。

話はもちろん紅桜についてだ。



「紅桜に斬れぬものは無い!あれこそ私が作った最高傑作だ!」

「声がデカイっての、しかも質問の答えになってねーし!」



どうにも話が噛み合わない村田に、俺はいい加減キレそうになっていた。

だがここで爆発しても仕方が無い。

どうにかして紅桜についての情報を集め、少しでも危険性を抑えなければならないのだから。

…村田は紅桜に絶対の自信を持っている、ならばその線から攻めてみるか。



「確かに紅桜は凄い。俺は…いや、誰もあれ以上の刀なんて見てないだろうし作る事も出来ない」

「ワハハ、そうであろう!私の全てを賭けて作った刀だ!!」

「だからこそ気になるんですよ。…あれを使えば体内に機械が侵食する、使用者に対する影響は?」

「それについては私も分からん。何せ初めての試み、予想外の事が起こるやもしれぬ」



俺は村田の答えに内心歯噛みする。

この男は自分の刀を強くする事しか、紅桜を強力にする事しか考えていない。

その結果、誰に何が起ころうが知った事ではないらしい。

犠牲を出さずして大事など起こせない、そんなのは分かっている。

それでも無駄に犠牲を出さずに済む方法を探したいんだよ、犠牲は少ない方がいいに決まってる。

紅桜の存在については俺に決定権など無い、全ては晋助様が決めること。

ならば俺は出来る事をしよう、俺が出来る事は全てやろう。



「紅桜が最強の刀だってのは誰が見ても分かります。ただあれは人の身体を借りて力を振るう。
 いざという時に不具合が起こり、使い物にならなくなったら俺達が困るんです」

「それは私の知った事ではない、紅桜の強さに着いていけなくなるナマクラが悪いという事ではないか?」

「…確かにそうですが、誰にも限界は存在します」



機械はオイルさえあれば動くが、人間には食事と睡眠が必要だ。

同じようには動けない、どう頑張っても宿主の方が先に力尽きるのは明白だ。



「とにかく一度寄生されてしまえば、紅桜と一体化してしまうのは避けられないようですね…」

「紅桜は電魄がある故、使用者の身体をベースにデータを構築する仕組み!
 残念だが避けられん問題だ。これを外せば、紅桜は紅桜ではなくなってしまう!」



…逆に考えれば、電魄を消せば寄生が止む可能性があるという事だ。

だがどうなるかは分からない、それにこの案は緊急事態以外使えないだろう。

俺は下っ端だ、独断で紅桜の破壊なんか出来るハズがない。

立場的にも、力量的にも不可能だ。



「…もし何かあった時、すぐに駆けつけてもらえれば幸いです」

「それについては心配いらん、私もみすみす紅桜を駄目にしたくはないのでね!」

「はい、助かります。…それでは俺はこれで、色々と調整があるものですから」



俺は村田に頭を下げ、鍛冶屋を後にした。

何回か通うもあまり有意義な情報は得られていない、だがこれ以上村田と話しても無駄だろう。

紅桜は未知の兵器、強力なのは分かっているが前例が無い。

村田でさえ、紅桜を使用した者がどうなるのか予想がついていないのだ。

制御出来ない力は危険だ、そして…だからこそ晋助様はその力を欲している。

…外は既に暗い、早く戻って仕事に入ろう。

船に帰る途中ケイタイが震えた。



「…もしもし?」

さん、今ドコにいるのですか?』

「あ、武市様…。すみません、すぐに帰――」

『似蔵さんが紅桜を持っていなくなりました、早急に連れ戻して下さい』

「え?あ…はい、分かりました」



俺は通話を切って逆方向へ曲がる。

似蔵様は独断で行動する事が多々あった。

普段はそれ程うるさく言う必要は無いが、紅桜を持ち出したとなれば話しは別だ。

幕府の犬に嗅ぎ付けられたらマズイ、この段階で紅桜の存在が露見すると大変な事になる。

今回の独断は流石に放置出来ない。それにあの刀は…。



「…ッ…坂田銀時…!?」



夜だというのに騒がしい場所に向かえば、そこには重症を負っている坂田銀時が寝かされていた。

多分、似蔵様とは無関係じゃない。

似蔵様が紅桜を持ち出して、ここ数日の間に試し斬りをしている噂は聞いていた。

その途中で坂田銀時と戦い、深手を負わせて逃走した?

……嫌な胸騒ぎがする。

似蔵様を信じていないワケじゃないが、あの男が何もせずに負けるとは思えない。



「………………!?」



いつの間にか走っていた俺は、川を駆けている似蔵様を発見した。

左手に刀、恐らくは紅桜だろう。

だけど右手は、似蔵様の右手はどこに行ったんだよ…。

闇夜で見えなくなってるから?それなら右腕から血は出ない。



「似蔵様!!」



俺が声を張り上げると、似蔵様は僅かに顔を向けた。

そして堤防を駆け上がり、川から脱出する。

やはり右腕が消失しており、そこから大量の血液と共に機械の配線が飛び出していた。

まるで触手のように存在する姿に、俺の身体が小刻みに震える。

これが紅桜?…これのどこが刀なんだよ、これは…こんなもの……



「…ッぐ…ぅっ…!」

「……!似蔵様!!」



俺の馬鹿が、呆けてる場合じゃねぇだろうが!

自分を叱咤し着物の帯を解くと、刀を取り出しそれを細く切り裂いた。

まずは止血だ、この出血量は著しく体力を消費する。

そうなれば紅桜はこれ幸いとばかりに侵食を深めるだろう。

このままだと似蔵様の身体が…!



「……ッ………!」



似蔵様の身体から生える触手のような機械配線は、まるで生き物のようだった。

いや…生き物じゃなくてバケモノか。

俺は不気味に蠢くそれを払い除けながら、斬り落とされた箇所のすぐ上に帯を巻きつけキツク縛る。

似蔵様が顔を顰めたのは、きっと痛みのせいだけじゃない。

右腕の何箇所かを帯で縛り、似蔵様の首巻を外して患部に直接押し付けた。



「今応援を呼びますので、似蔵様は横道で……」

「そこまでヤワじゃないさね。俺は自分で帰れるから放っておいてくんなァ」

「ちょっ、待って下さい!」



俺の制止も虚しく、似蔵様はあっという間に姿を消す。

……右手の代わりのように生えていた配線は、俺が応急処置をした後に消えていた。

だが、俺には幻だったとは思えない。

端末に番号を打ち込む指が震え、いつもよりも時間が掛かってしまう。



さん、似蔵さんは見つか――』

「救護施設の準備と村田への連絡許可をお願いします」

『……また何かあったのですね?』

「坂田銀時が刀傷による重症を負わされていました」



俺は武市様に事の経緯を報告する。

似蔵様を探していると、坂田銀時と志村新八を発見した事。

そこには大掛かりな戦闘の痕跡があった事、似蔵様は自力で帰還した事。

そして、似蔵様の右腕は消失しており重傷を負っている事を。



「応急処置はしましたが至急救護が必要です、それに刀による侵食も見られました。
 予測ですが、あの怪我は坂田銀時との戦闘によって負わされたものだと思われます」

『坂田銀時の生死は?』

「不明ですが…そう簡単に死ぬような男でもないかと」



しばらくの沈黙の後、返ってきたのは溜め息だった。

この反応はマズイ。

武市様は冷静に怒りを爆発させるタイプだ。

似蔵様の独断行動を腹に据えかねているんだろう、しかも今回は紅桜が絡んでる。

白夜叉に紅桜の存在が露見した、武市様は何よりもそこに重点を置いている。

武市様は自分の立てた計画を滅茶苦茶にされる事を、何よりも嫌っているから。



『こっちもネズミが入り込んでいましてね、忙しいんですよ』

「………………」

『救護室の用意はしますが、岡田さんだけに構っている時間はありませんからね。
 村田さんは明日船に来る予定です、自力で帰って来られるのならそれからでも遅くないでしょう』

「……分かりました、俺も船に戻ります」

『そうして下さい、では』



通話が切られ、規則的な音が残される。

武市様の怒り具合は予想よりも凄まじい、呼び方のランクまで下がってる。

村田を呼ぶ許可が下りなかったのに対し、何とも言えない焦燥が襲ってきていた。

確かに似蔵様は俺達凡人とは違う。

だがここ最近、似蔵様の体調はお世辞にも良いとは言えなかった。

加えて今日の怪我だ、このままだと本当に紅桜に身体を……。



「…ッ、くそ……!」



切り落とされた似蔵様の腕を探そうと思ったが、どうやらそんな時間は無いらしい。

奉行所や幕府の犬が集まってくる前に、俺はここから立ち去るしかなかった。

今日はもう、俺に出来る事は無い。

明日村田が到着次第、事情を話して似蔵様を診てもらうしかないだろう。



船に戻って、少しだけ仮眠を取ることにした。

眠れるハズもないけれど。








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