あれから数ヶ月が過ぎた。 俺は後遺症も無く現場に復帰し、またいつもと変わらない日常が始まる。 いや…変化はあった、見知った顔が少し減ってそいつらの声は二度と聞こえない。 戦で人死には当たり前だし一々感傷に浸ってる暇は無い。 それでも心から割り切れない日を送っていると、武市様から使いを頼まれた。 ……どうやら他の幹部は勿論、晋助様にも知られたくないらしい。 いわゆる極秘事項というやつだ、けど晋助様にすら知られたくないってのは珍しいな。 内容は詳しく教えてくれなかったが、相当に重要なものらしい。 「一体何なんだろうな?」 黒の行方 江戸の町に出た俺は交通量の多い通りを一人歩く。 トラック使えばすぐ目的地に向かえるが、最近は燃料代も高いし節約だ節約。 万斉様の稼ぎが落ちたってワケでもないけど、だからって組織の金を湯水のように使う真似は出来ないしな。 それに…今は考え事したい気分だ、この方が都合もいい。 耳障りな車の排気音をBGMに、人々と擦れ違いながら俺はひたすら歩く。 「………………」 外の日差しは相変わらずキツイ。 直射日光は笠で防げるが、コンクリートから照り返す熱はどうにもならないんだよな。 額から汗が滑り落ち、背中や腕の布生地が肌に纏わりついて気持ち悪い。 ……え、着物を替えりゃいいだろうって?夏に紺色着てる方が悪いって? やれたらとっくにやってるっての、誰だよ夏でも紺色着てなきゃいけねぇ設定にしやがった奴。 正直今だけ白夜叉に、坂田銀時になりたい。 着物も髪も白って涼しそうだよな…、てかまた子様の着物って暑い日最高だし…。 そういえば万斉様は暑くないのか? 万斉様も年中あの格好してっけど、俺あの人が暑がってるところを見たことがない。 汗掻かないなんてこと有り得ねぇから、やせ我慢…いやポーカーフェイスか? 晋助様は…もうコメントいらねーよな。 あの人顔も着物も年中涼しそうだし、第一総督なんだから冷房関係に不自由することが無い。 とにかく俺は夏が嫌いだ、冬の方がまだマシだろ着物的に。 「……暑い」 ヤバイ、思考回路が変な方向にまっしぐらしてる。 考え事って…俺は先日の戦について考えるはずだったんだけど。 あまりの暑さに脳みそが沸騰してんのかも、早いとこ用事済ませて水風呂にでも入ろ。 そんな事を考えながら、俺は目的の場所に辿り着き中へと入っていった。 「名前は?」 「です」 工事途中で廃棄された打ちっぱなしのコンクリートビル。 入り口にいた男に苗字を名乗ると、背後に誰もいないか確認されてから奥へと通される。 中は決して涼しくなかったが、直射日光が無いだけマシかもしれない。 取引場所は更に奥、窓が無く日の光が全く入らない場所で行われた。 「――約束のブツだ」 「はい、ありがとうございました」 今時取引の物渡す時にブツなんて表現する奴いたんだな…。 まあそれはともかく、武市様から頼まれていた仕事の半分はこれで終わった。 厳重に包装された箱に入っている物、中身は俺も知らない。 一体何が入ってるんだろうな? こんな所で受け渡しするんだろうから、鬼兵隊にとって有益なものなんだろうけど。 箱の重さを合わせても意外と軽い、けど見えない重圧が圧し掛かりそれは重かった。 相手の顔は見えず、俺の顔も向こうに知られないままの受け渡しは無事終わる。 外に出てから、持ってきた紺色の風呂敷で丁寧に包み袋状にして手に持った。 「よっと…」 後は船に帰るだけ、か。 ついでにコンビニ寄ってアイスでも買っていこう、このままだと身体が蒸発する。 このくらいの贅沢は別にいいよな、こんな暑い中仕事してんだから。 取引場所に向かう途中にあったコンビニに向かって、俺は足を進めていった。 そして、世の中は理不尽に出来ていると改めて認識させられる羽目になる。 「…っ……!?」 妙な気配に振り返った瞬間、腕に痛みが走った。 見ると着物越しに刃物か何かで腕が斬り裂かれている、傷は深くないが出血はあった。 俺は手に持っている箱を抱え込み、敢えて路地裏へと身を滑り込ませる。 命を狙われた場合、本来は人の気配がある店やこの場で助けを呼ぶのが最善。 だが俺は鬼兵隊の密約の帰りだ、しかも真選組には既に顔が売れてる。 騒いで警察呼んでも意味が無い、解決どころか新しい問題が勃発しちまうからな。 「……チッ」 路地裏に入った瞬間、待ってましたとばかりに二人の男が進み出てくる。 肩越しに振り返れば同じように入り口を塞ぐ男。 これで退路も進路も塞がれた、相手の思い通り袋のネズミ完成だ。 俺は素早く思考を巡らせる。 こいつらの狙いは、どう考えても俺が持ってるこの箱だろうな。 中身は知らないが武市様が内密にと念を押すほどの物、相当な価値があるのは間違いない。 相手は四人、正直勝てるかは分からねぇな。 こんな狭い路地裏で数に頼るって事は腕に覚えが無い証拠、だが俺の不利に変わりは無い。 (さて、どうする?) こいつらと戦う、箱渡して命乞いをする、助けという名の奇跡を待つ。 逃げるっていう最善の選択肢は使えない以上、俺が取れる行動はこの三つだ。 ま、選択肢並べたところで俺の取る行動は決まってっけどな。 鬼兵隊の命令に逆らってまで生きる理由は俺に無い。 奇跡なんてこの世界に存在しないって事も知ってる、嫌というほど思い知った。 だったら、今この場でするべきことはたった一つ。 ……この箱持ちながらだと刀は片手で振るしかない、どこまで出来るかはまさに運次第だな。 「お前の持ってるその箱を寄越せ、そうすりゃ命だけは――」 「……はっ!」 「ぶはっ!げほっ、ちょっ…お前……、それ卑怯――…」 下卑た笑いを浮かべながら悪役の台詞を口にする男、それを聞いてやる義理は俺には無い。 懐に素早く手を突っ込みスプレー缶を取り出してから、前方二人の男の顔に噴射した。 中身は鬼兵隊御用達、超強力な睡眠誘発剤。 二人は顔の周りの煙を手で払ったが、直ぐに深い眠りへと引きずり込まれその場に崩れ落ちる。 これで残りは二人、先手はどんな時にも大切だ。 「おィィイ!それ卑怯だろ、てかちょっとくらい話聞いて!!」 「聞く義理はねぇよ。それに一回限りなエキストラの台詞聞いてる時間惜しいし」 「エキストラだからこそ話聞いて欲しいんですけど!今回で出番無いんだから!!」 「どうせ俺達はやられるためだけに生み出された命…。 だったら最後まで輝いてやるよ!立派にやられ役果たして散ってやるよォォオ!!」 刀の切っ先を天に向かって振り上げ、泣きながら振り下ろす男。 あー、それ他人事じゃねーわ。俺もこのサイトでしか…ゲフンゲフン。 脇も懐も隙だらけな空竹割りの一撃、俺は箱を守るように抱きかかえ横にずれて身をかわす。 そして相手の鳩尾に靴…草履裏を叩き込み、怯んだ隙にスプレー缶の中身を噴射した。 咳をしながら俺にもう一度斬りかかろうとするも、そのまま崩れ落ちたから大丈夫だろう。 その瞬間、横殴りに叩きつられてきた刃に舌打ちする。 完全には避けきれず頬に痛みが走るも、俺は構わずにスプレー缶を顔に掛けてやった。 流石に三度目の使用じゃ、相手も腕で顔を庇って逃れようとする知恵はつける。 それでも動きは鈍くなり攻撃を余裕で回避できるくらいにはなったので成功だ。 俺は落ち着いて攻撃を捌き、もう一度最後の一人にスプレーを噴射する。 崩れ落ちる男、俺は辺りを見回して気絶した四人の男達を確認した。 よし、誰も殺してねぇから騒ぎにはならねーし箱も守れて感無量。 「……っ!?」 「やってくれたなテメェ!!」 そのまま大通りに出ようとした俺は、背後から勢い良く押し倒される。 箱を下敷きにしないよう身を捩ったおかげで中身は無事だが、背中に乗られ顔が歪んだ。 マズイ…、うつ伏せになってるせいで懐の刀が抜けない! 俺は箱を渡さないよう腕にありったけの力を込めた。 後は男との綱引き、いや箱引き合戦だ。 気絶させ損ねた男は一人、俺はマウント取られたがそのせいで箱引きで済んでいる。 上から退いて攻撃しようモンなら、俺が体勢立て直してまうって事くらいは分かるんだろう。 ……甘かったと思い知ったのは、首に手が掛かった瞬間だった。 「……っう…!」 後ろから首に手が掛かり太い血管を締められて、血が滞り始め俺は呻いた。 呼吸は出来るが意識が落ちるのは時間の問題だ、脳に血が回らなくなったら結局は同じ。 上から振り解こうと暴れても大して意味は無かった。 徐々に頭がボンヤリとしていき、世界から色が消え始める。 これは…マジでヤバイ、このままだと箱が…! 俺の上に乗っている男の下卑た笑いが、どこか遠くに聞こえて……。 「ぐあっ!!」 突然背中から重みが消えた。 俺は直ぐに身体を仰向けにして、立つ力はまだ戻らないので壁を背にして上半身を起こす。 視界に映ったのは転がる男と…片手にピザ持った青装束の男だった。 「お前、俺の恩人に何してんの?」 目元がよく見えないその男は、何故か俺を背に庇いながらぶっ飛ばした男に淡々と聞いた。 その姿は中々格好いいと思う、ピザの箱持ってなければ。 助っ人の出現に不利だと悟ったんだろう、男は裏返った声を発して逃げていった。 おい、そこら辺に転がる仲間回収していけよ。 で、残された俺と青装束。…一体何なんだよこの状況は。 俺は首を擦りながら青装束を見上げ、壁に体重を掛けながら立ち上がった。 まだ身体はふらつくが、血の巡りが正常になったから段々回復していくだろうな。 「助かった…、礼を言」 「アンタだろ!アンタずっと前に俺を助けてくれた侍の兄ちゃんだよな!?」 「……は?」 「ほら、昔俺に薬と水奢ってくれた!!」 俺は思い返してみたが…記憶に引っ掛からない、そんなことあったか? 目元が見えない青装束の男は、勝手に名前を名乗って勝手に盛り上がっていた。 男…服部全蔵に俺は事の経緯を聞いてみる。 それによると、服部はジャンプを買いに行く最中に揉めている俺達を見つけたらしい。 で…マウント取られた男、俺の着物の色が世話になった人間と全く同じだと気付いた。 恩人がピンチ、というワケで動脈か静脈締められてた俺を助けた…らしい。 俺本当にコイツ助けたっけ、人違いじゃねーのか? しばらく話して強制的に携帯番号を交換、確かにこれ…どっかで見たパターンだけど。 まぁ…助かったのには変わりないか。 「とにかく助かった、これ奪われたらヤバかったしな」 「何か大事そうに抱えてっけど、それ何なんだ?」 「俺も中身は知らねぇよ、持ってくるよう頼まれて運んでる途中だし」 「へぇ、じゃあ今バイトの途中だったのか?」 「そんなところだ、バイトじゃないけどよ」 「だったら邪魔して悪かった、終わったら電話頼むぜ」 ようやく服部から解放され、俺は鬼兵隊の戦艦へと急いだ。 もう襲撃にあうのは御免だしアイスは後で買おう。 切られた腕を簡単に治療して、武市様の部屋に行き守りきった箱を渡す。 武市様は満足そうに受け取った、表情は変わってないけど。 「ご苦労様でしたさん、もう下がっていいですよ」 「あの…その箱の中身何なんですか?」 「それは極秘です、申し訳ありませんがお話できませんので」 「分かりました、それでは失礼します」 武市様が聞くなと言ってるんなら聞かない、幹部方の命令は絶対だ。 俺は一礼してから部屋を出る、そして静かに扉を閉めた。 ―――あ、そう言えば真選組との戦で消費した武器の在庫補充どうすんだ? 刀の手入れの得意先も新たに探さないと。 「すみません失礼します、武市様ちょっと聞きたいこと…が……」 もう一度扉を開けた俺は、武市様に声を掛ける途中でフリーズした。 武市様は、俺が渡した箱を開けて中身を確認している最中だったらしい。 俺が渡した箱のふたが横に置かれて、武市様が何か持ってたらそれは箱の中身って事だよな。 武市様が持っていたものは最近テレビでやたら宣伝されている、育毛剤だった。 アトラスNEOと描かれた容器、星海坊主とかいう天人の傘ストラップも横に転がっていた。 容器の蓋も開き、髷が解かれ、武市様の頭は濡れて光っている。 部屋は暑いのに、お互いの間に流れる沈黙は限りなく寒かった。 「ちょっ、さん。な、何勝手に入ってきてるんですか」 ―――何で武市様がアトラスNEO持ってんだ? 「プライバシーの侵害ですよ、入るときはノックをしろとあれほど―――」 ―――その箱に入ってたのって、鬼兵隊の武器とかじゃなくて育毛剤だったのか? 「大体ですね、持ってくるのが遅いんですよ。私が一体どれ程―――」 ―――俺は育毛剤のために命懸けてたのか? 「さん?ちょっと聞いてるんですかさん」 ―――育毛剤のために、俺はあんな暑い中外で働いてたのか? 「さん?ちょっとさん…、何で刀抜いてるんですか…?」 ―――育毛剤のために、俺は他の攘夷志士達に殺されそうになったのか? 「さん…、あの…何で刀握ってコッチ来るんですか……」 ―――なぁ、お前はもう充分我慢したんじゃないか? 「さん…さ―――」 「武市様、俺は俺の武士道を貫きます。…ざけんなテメェェエ!!」 その後、全身に包帯を巻いた武市様に対する噂が戦艦内を飛び回った。 ……俺は幹部方に逆らう真似なんてしない、正当な抗議は権利として行使するけどな。 |